第24話 ドラゴンとプロポーズですわ

「白旗上げてますし、許してあげてもいいんじゃないかしら」

「そうだな、コイツはどうも自我があるようだし、これ以上襲って来ないなら戦う理由もない」


 黒い大きなドラゴンも、大人しく犬みたいに伏せていると、つぶらなお目々が目立って可愛い。その目が干し肉もうないの? と訊ねているように見えたので、残ったお肉もプレゼントする。


「可愛いですわね。連れて帰りたいくらい」

「俺様もドラゴンを飼うのは興味があるが、まずスペースの問題がな……俺様の城は広いが、ドラゴンとなるとストレスを溜めぬよう放牧スペースを確保しないとならない。まず土地を購入して……」


 結構前向きな検討をしてくれるアビス様の前で、ドラゴンがシュルシュルと小さくなって、子犬くらいの子竜になった。


「ちっちゃくなれるからスペースを取らない、って言ってるみたいですわね」

「そのようだ……お前、俺様の城に来るか?」


 子竜は喜んで私達の周囲を小さな翼で飛び回ると、アビス様の腕に収まった。


「お強いアビス様の事を主人と認めたんですわ、きっと」

「背中が痛々しいな、俺様がやったんだが……ドラゴンは再生力も強いと言うが、無我夢中でやり過ぎた」

「わたくし、薬草持ってますわ」


 魔界の薬草は良く効くそうだから、背中に貼ってしばらくそっとしておけば全快するだろう。


「名前をつけないとな。巨竜時の異様は『暗黒漆黒滅黒メガギガデスゴッドドラーン』が相応しいだろう」

「ピィッピピィ!」

「どうした、まだジッとしていないとダメだぞ」


 どうしよう。やっぱりコレは推しでもツッコミ入れるしかないかな……。


「長過ぎて不満みたいですわ。縮めてドドラ、で良いかと」

「うーむ、そうか……良いと思ったのだが」

「ピィッ!」


 今度はドドラも嬉しそう。それにしてもアビス様のネーミングセンス……。なんだっけ、暗黒漆黒滅黒? メガギガ?デスゴッドドラーン? 推しの言動全部覚えたい勢でも覚えられない……。ファンブックのクイズとかで難易度高い出題にされそう。


 なんて言ってる間に、ドドラもアビス様の膝の上で寝ちゃった。


「可愛いですわね。アビス様、パパみたい」

「ならば、お前はママか」


 冗談で言ったのに、アビス様の目は本気だった。左手でドドラを撫でながら、右手は私の腕をそっと握っている。


「ソフィア。帰る気がないのなら、行く宛がないのなら、俺様の本当の家族になれ。俺様の、魔王の花嫁になるがいい。生涯幸せにすると誓おう」

「アビス様……」


 彼の真紅の瞳が、イチゴのジャムみたいに甘くとろけている。


「はい、わたくしソフィアは、アビス様の元へお嫁に参ります」


 彼の瞳を、同じだけの情熱を込めて見つめ返して。静かに目を閉じた時唇に触れた、愛しい人との初めてのキスは、魔界イチゴより、ケーキより、クレープより、どこまでも甘い。そんな味がした。


 ◯


 ドドラの守っていた部屋にはちゃんと宝箱があって、そこに探していた朝焼けの紋章も入っていたのだけど。私も、多分アビス様も、その時は最初の目的なんてどうでも良くなっていたんじゃないだろうか。新しい家族が増えて、もう一つ大切な思い出も増えて、宝物なんてそれで十分なくらいだったから。


 眠っているドドラを抱えたアビス様が、もう片方の手で私の手を引き、女の足に合わせて歩いてくれるのを感じながら、外に出る。道中お互い無言だったけれど。それは二人、暗闇の甘い蜜の中に浸るようなもので、決して悪いものではなかった。


「あら」


 出口で付近で花を見つける。来る時には気づかなかった、赤百合だ。魔界の紅の月に照らされて、長く茎を伸ばし、葉を広げ、大輪の赤を開いている。


「アビス様の瞳のお色、赤薔薇より赤百合のが近いのね」

「そ、そうか?」

「ええ」


 その日から、アビス様の瞳の色は、赤薔薇から赤百合の瞳になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る