第32話 呪(まじない)

「イザナミ」


 助手席のハナちゃんが口をひらいた。


「この備前びぜんという町には『ねこめし』と呼ばれる郷土料理があっての」


 いつのまにハナちゃん調べたんだろう。お昼ご飯にそれを食べる気だ。


「悪い、ハナ。ちょっと思うことがあってな」


 ハンドルをにぎるイザナミさんはそう答え、集中して車を走らせている。


「イザナミさま、では備前焼も」


 後部座席でわたしの左どなりに座る鈴子さんが聞いた。


「ああ、また今度につれてくるからな」

「じゃあ、どこいくのよ?」


 聞いたのは、わたしの右どなりにいるヒナちゃんだ。


「児島へ帰る」


 それだけ言うと、イザナミさんはアクセルを強くふんだ。


 一時間ほどかかり、わたしたちは児島へ帰ってきた。


 神社に帰るのかと思えば、イザナミさんの運転で着いたのは『児島中央病院』だ。


 五人で車からおりる。


 わたしは病院を見あげた。この『児島中央病院』は、おそらく児島でもっと大きい病院だ。五階建てか六階建ての白い建物。


「カヤノ、よく聞け」


 病院を見あげていたわたしのところにイザナミさんがきた。イザナミさんはわたしの肩に手を置いた。真剣な顔だ。


「ここに『喫茶ニルヴァーナ』のおばあちゃんが入院している」


 ニルヴァーナ。あのおいしいチョコレートパフェがでる喫茶店。わたしと鈴子さんがたずねたときはすでに臨時休業になっていた。


「おまえだけが、おばあちゃんの呪いを感じ取ることができた。そしていま、おまえが持っているのは小刀こがたな。アタシは思うんだが、おまえなら、おばあちゃんの呪いを切れるんじゃないか」


 さきほどイザナミさんは、刀剣博物館の駐車場でどこかへ電話をしていた。あのおばあちゃんの入院先を聞いていたんだ。


 わたしが呪いを切る。そう聞いて、思わず持っていた『しろがね』をにぎりしめた。


「どうでもいいがカヤノ、その袋って『かわしま』って書いてあるぞ」


 イザナミさんが言っているのは、小刀を入れている袋のことだ。


「帰りぎわに、カワシマさんからもらいました」

「それぜったい、小学校のころにリコーダー入れてたやつだろ。あの青年、やっぱりどこか天然だな」


 ひもの付いた黄色く長細い袋には、下のほうにひらがなで「かわしま」とマジックで書かれてある。


「なんだか、ご利益りやくなさそうな袋だな」

「その、さきほどの話。呪いを切るって。わたしに、できるでしょうか」

「それはやってみないとわからない。だが、病気ではなく呪いだったとしたら、それをくのはわれわれ、巫女の仕事だろう」


 袋に入った『しろがね』を見つめた。


 わたしはまだ巫女ではない。見習いだ。呪いを解くなんてできるだろうか。でも、あのカワシマさんだって鍛冶師の見習いなのに、こうして刀をつくっている。


「やってみます!」

「よし!」


 わたしとイザナミさんの会話を聞き、ほかの三人もそれぞれにうなずき口をひらいた。


「カヤノさん、がんばってください。あの『黒い悪魔』がかかっております」

「魚フライ定食も、かかっておるぞよ」

「ちょ、あんたら、おばあちゃんの心配しなさいよ!」


 わたしたちワンピース五人衆は、気合いを入れて病院へと乗りこんだ。


 イザナミさんを先頭にして、病院の待合室を通り、エレベーターで六階へ。


 扉があき、エレベーターからおりる。右にも左にも廊下はのびていた。


「病室はすでに聞いている。六〇一号室だ」

「ワタクシ、ひとつ心配が」


 エレベーターを最後におりた鈴子さんが口をひらいた。


「病室にいるほかのかたの目。呪いをくさいにどうごまかしましょう」

「鈴子、その心配はない」


 イザナミさんは答えながら、廊下を見まわした。


「あのおばあちゃんはな、特別室に入院しているそうだ」


 イザナミさんの説明によると、ここの病院は四人部屋、個室、特別室の三種類があるらしい。特別室は大きな部屋にたったひとりというVIPルームみたいな部屋。


「特別室、高そう……」


 わたしが言うと、イザナミさんが笑った。


「そう、バカ高いぞ。なんでも、かつての同級生たちが入院費用をだしあってくれたらしい。いい話だよな」


 かつての同級生。そうか、あのおばあちゃんにも学生時代があったわけだし。


 もし自分が入院したら、入院費用をだしてくれるどころか、お見舞いにきてくれる友人すらいそうにない。


「部屋番号のならびでいくと、あっちだな」


 イザナミさんが歩きだしたので、わたちたち四人もついていく。


 特別室である六〇一号室は、廊下の突きあたりにあるようだった。六〇五、六〇四、六〇三と部屋のまえを通りすぎ、わたしは思わず足が止まった。


「よ、よどみが強いです」


 冷たい廊下の突きあたり。ただの病院の病室だ。それなのにスライド式の入口から、なにかとてもいやな空気を感じる。


「ヤシチをつれてくればよかったか」


 それはイザナミさんの依代よりしろであるヤモリのヤシチだ。


 イザナミさんは足を止めることなく進んだ。ハナちゃんとヒナちゃんもだ。わたしと鈴子さんはあわてて追いかけた。


「いくぞ」


 六〇一号室のまえに着き、イザナミさんが扉の取っ手をにぎって引いた。がらがらと小さな音をたててスライド式の扉があく。


 なかに入ると、たしかに特別室だ。大きな部屋で、リビングのようなソファーとテーブルがある。


 そしていろんなところに花があった。大小さまざな大きさの花瓶があり、そこに花がいけられてある。


 お見舞いの花だ。さきほどの話から予想するに、その同級生の人たちが持ってきた花だ。


 テーブルの上、スチールの棚の上、出窓のところ。部屋のあちこちに花があり、その花につつまれた部屋の中央に、ひとつの大きなベッドがあった。


 ベッドはリクライニング式のようで、背中部分はあげられている。おばあちゃんは上半身を起こしていた。でもその顔には生気せいきがない。


 目はあいているけど、うつむいたままで身動きひとつなかった。


「四人はおばあちゃんをかこんで祈祷きとうするぞ」

「はい」


 イザナミさんの言葉に、鈴子さん、ハナちゃん、ヒナちゃんの三人が答えた。


「カヤノはなにか自分の思うようにやってみろ」


 四人はベッドをかこみ、祈祷を始めた。


 わたしはそのうしろから、おばあちゃんをながめた。どうすればいいのだろう。


 身動きひとつしないおばあちゃんの顔は、げっそりせていた。明るくてやさしいおばあちゃんだったのに。


 空気がよどんでいるような気配は、部屋中に満ちていた。どうすればいいかわからない。


 いや、イザナミさんたちが祈祷を続けるうちに動きを見つけた。痩せたおばあちゃんのうしろ。ちょうど頭のうしろだ。うごめくような空気がある。


 袋から小刀を取りだした。片手でしっかりにぎり、そしてさやをぬく。


しろがね


 名を呼ぶと、小刀はぼうっと白い光をほのかに発した。


 おばあちゃんの頭のほうへまわる。壁とベッドのあいだには、人が入れるほどの隙間すきまがあった。


 その隙間にすこしからだを入れ、おばあちゃんの頭のうしろを見た。白髪の髪をきれいにうしろでまとめてあり、そのまわりの空気が強くよどんでいる。


 どうなるかわからないけど『しろがね』の刃をそのよどむ空気のかたまりに入れてみた。


 ちりり、と線香花火のよう光が見えたあと、よどむ空気のかたまりは消えた。


「あら、あのかわいい巫女さんたち」


 おばあちゃんの発した声が聞こえた。わたしは起こしたベッドの裏にいるようなかっこうなので、おばあちゃんの顔は見えない。


「お見舞いにきましたよ」


 イザナミさんの声も聞こえた。


 あわててわたしは、小刀を鞘へもどし、袋にいれる。


 そっとベッドの裏から身を引こうとしたときだった。ベッドの下に、クシが落ちているのを見つけた。そしてそのクシもよどむ空気をまとっている。


 そっとクシを取り、わたしはベッドの裏から身を引いた。右手はクシ、左手は小刀を持っている。手をうしろにしてかくした。


「あら、あのときの五人、みんなできてくれたのね」


 おばあちゃんがわたしに気づき、笑いかけてくれた。よかった。元気そうな顔だ。

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