【異形の巫女】~日本古来の神力を借りて戦う私はただの女子高生。

代々木夜々一

第1話 縁(えにし)

異形いぎょうのもの』


 わたしはそう呼んでいる。


 たまに見える『うすぼんやりした影』のこと。


 大きな岩や、滝のまわりに見えることが多い。まれに古い民家でも見かけることがある。


 おばけ、ともちがう。見ても怖くないし、なにかされるわけでもない。


 子供のころから見えていたので、なれてはいる。けど、わたしにしか見えない。わたしは異常なのだろうか。


「次のかた、聞こえますか!」

「あっ、はい!」


 考えごとをしている場合じゃなかった。注文の列にならんでいたけど、いつのまにか先頭になっている。


 わたしがいまいるのはハンバーガー屋。さすがに『異形のもの』は、どこにもいない。いるのは、おそらく何度もわたしを呼んで怒っている店員さんだけだ。


よ、せえよ」


 うしろからこわそうな関西弁も聞こえた。ここは東京の渋谷しぶや。関西弁ということは、東京観光にきた人だろうか。


 それはともかく、あわててカウンターへけよった。


「アップルパイをひとつ。あとレモンティー、氷なしでお願いします!」

「かしこまりました。お持ち帰りでよろしいですか」

「はい!」


 ポケットから、いそいで小銭入れをだした。


「ぬぇぇぇぇ!」


 思わず奇声を発してしまった。小銭こぜにを何枚か落とした!


 お母さんに買ってもらったこの小銭入れ。ちょっと大きめな四角い革製。大きめだから電車のICカード入れにもなるから便利。でも口が大きいので小銭を落としやすい!


「アホやな、こいつ」


 ぬぇぇ、さきほどの関西弁が聞こえた。


 いそいで小銭をひろい、店員のお姉さんにわたす。


「す、すいません!」

「いいえ。あわてないで。だいじょうぶですよ」


 店員のお姉さんは怒っていなかった。ナイス・スマイル!


 思っていたよりやさしい店員のお姉さんは、おつりとレシートをくれながら最後に言葉をつけくわえた。


「少々、お時間かかりますので」


 おおっ、それはわたしにはうれしいお言葉。


「の、のぞむところです!」

「はっ?」


 わたしの返事がまずかった。お姉さんが不審な顔をしている。だって、アップルパイを注文して『お時間かかります』って言われたときは、げたてがでるという意味。これはラッキー。


 注文を終えたわたしは、受け取りカウンターのまえへ移動した。


 店内はみあっている。近くにあった壁かけ時計を見た。夕方の四時だ。


 まだ夕食には早い時間帯なのに、この混みよう。さすが東京の渋谷。時間なんて関係なく混んでいる。


 ふだんなら渋谷のハンバーガー屋にはよらない。でも今日は疲れて、ひと休みしたかった。


 あっ、自分のまちがいに気づいた。さきほど注文のさいに『お持ち帰りですか』と聞かれ『はい』と答えてしまった。店内で食べようと思っていたのに!


「ちょっと、カヤノー!」


 わたしの名だ。だれかに呼ばれた。


 ふり返ると、女子校の制服を着た三人。そして知っている顔。つまりわたしを呼んだのはクラスメートの三人。


 仲がいい三人、というわけでもない。高校に入学して、まだ二ヶ月だ。おなじ教室というえんがあっただけの三人。


 今日はこの四人で渋谷にきていた。あっちこっちのお店にいって、三人は楽しそうだったけど、わたしは特に用事がなかった。さそわれたからきただけ。


 そして、ぼんやり歩いていたら三人を見失って。すぐに連絡すればいいんだけど、わたしは人ごみに疲れて帰りたかった。


「いなくなったと思ってさがしたのよ。そしたらガラスごしに見えるじゃない。なんで、ハンバーガー買ってんのよ!」

「あれ、ごめん、メッセージ送ってたんだけど」


 手さげバッグから、スマホを取りだし確認してみる。ありゃ、送信ボタン押してなかった。


 帰るためにウソをついたメッセを入れたはずが……


「ごめん、送信できてなかった。『おなか痛いから帰るね』って送ったのに」

「えー、もう帰るの?」

「うん、今日はありがとう」


 わたしの気持ちは本気だ。さそってくれたことは本当に感謝をしている。わたしはコミュニケーションが上手じゃない。自分から誘うことなんて、ぜったいにできない。


 感謝を伝えたのに、三人のうちのひとりが、にらむような目をわたしに向けてきた。


「カヤノ、おなか痛いのにハンバーガー屋なの?」

「あっ!」


 わたし、これは痛恨つうこんのミス。


「えっと、お母さんにたのまれて!」

「家の近くで買えばいいじゃない。持って帰るまでに冷めるし」


 友達、冷静な分析ぶんせき


「えっと、えっと、飲み物がほしくて。このあたりに自販機なかったから!」


 わたし、ナイスフォロー!


「お待たせしました。アップルパイ、お熱いのでお気を付けください」


 まさかのそこへ店員さんの笑顔と声!


 なんとも言えない空気が、四人のあいだにただよった。それはそうで、わたしは『おなかが痛い』って話をしたのにハンバーガー屋にいる。さらに『飲み物を買うため』とウソをついたのに、できたての、アツアツな、アップルパイだ。


 気まずい空気のなか、わたしは紙袋に入ったレモンティーとアップルパイを受け取った。


「まあ、いっか。カヤノが帰りたいなら帰れば」


 冷たい視線で言われた。ごめんなさい。そうではないのです。あなたたちがキライなわけじゃないんです。そう言いたかった。


「残念だけど、じゃあまた今度ね!」


 もうひとりのクラスメートが言った。『残念だけど』とは言ったけど、残念そうな顔でもなかった。


「うん、ごめんね! また今度、また今度ね!」


 あわてて返事をしてみたけど『また今度』があるだろうか。きっとない。遠くなっていくクラスメート三人の背中を見つめて、そう確信した。


「はぁ、ほんと、ヘタクソ」


 ため息まじりに言ってみる。わたしは付き合いがヘタだ。


「はあ?」


 おっと、ほかのお客さんに聞こえてしまった。しかもさきほどの怖い関西弁のお兄さん!


 いそいで予備の紙ナプキンを取り、持ち帰りの紙袋に入れた。ショルダーバッグも肩にかけなおし店をでる。


 なんだかわたし、今日は運がないかも。


 さらに店をでて気づいた。どこか静かな公園で食べようと思ったけど、ここは渋谷だ。『静かな公園』なんてあるわけがない。


 それでもせっかくの『できたてアップルパイ』だ。わたしの大好物。どこかで食べたい。


 歩きまわるうちに、気づけば人通りのすくない道になった。道の両側は開店まえの居酒屋ばかり。だめだこれ、飲み屋街だ。


 タイミングの悪いことに、前方から警官がくる。わたしは制服だ。ひと声かけられるのも面倒くさい。もう、だから制服で渋谷にくるのイヤだったのに。


 なにも悪いことはしてないけど、ここは居酒屋通り。話かけられそうな気がする。わたしは細い路地に入った。


 細い路地に入ってすぐ、ぐにゃりと何かをふんだ。下を見ると足だ。よれよれのスーツを着た中年男性。ゴミのポリバケツが壁にそってならんであり、そのあいだに男性が座っている。


「ごめんなさい!」

「あっはぁ」


 あやまったのに、なぜか中年の男性は下からわたしを見て笑った。その視線が気持ち悪い。


 これは、かかわらないほうがいい。さっさと歩きだすことにした。


 十歩ほど歩いたときだろうか。うしろでポリバケツのたおれる音がする。


 ふり返ると、うっそ、中年男性が立ちあがっている。それも、右手に包丁を持っている!


 迷わず走った。路地は突きあたりで左右に分かれている。わたしは右に曲がった。走りながらふり返ってみる。あの中年男性もカドからでてきた。わたしを見つけるとこっちに曲がった!


「いたっ!」


 なにかにぶつかった。紙袋を持っていたので地面に手をつけない。肩を地面に打ちつけた。


 見あげてみると、人だ。それも女の人。茶色いスカート。茶色い上着に白いブラウス。スーツだ。スーツ姿の女性。としは三十ぐらいだろうか。


かれたか」


 女性が言った。視線のさきは追いかけてきた中年男性だ。


 その男性は、わたしを見つめ、まばたきもせずに笑っている。


「こっちを見ないか。女子高生のほうが好きらしい。そこそこ、わたしも美人だと思うがな」


 えっ、そんなこと、いま言う?


 顔を見てみると、たしかに。髪はスーツの肩ほどまであるセミロングで、ツヤのある茶色できれい。きりっとした目と眉毛まゆげは、かわいいというより美人だ。いや、美人というより、かっこいい顔かもしれない。


 そんな顔を見つめていると、女性は上着のポケットに手を入れた。そしてゆっくりと、なにかを肩口に乗せる。


「トカゲ?」


 いや、トカゲじゃない。小さく白い。あれは、ヤモリだ。


 なぜかこの女性が、片手を中年男性へとむけた。そしてぶつぶつと、なにかをつぶやいている。


ホムラ

「うっそ!」


 おどろいて思わず声がでた。


 女性の手のひらから、糸のように細い火の線がでている!


 火の糸は空中をまっすぐに進んだ。男性の顔にむかうと思いきや、肩の上にただよう黒い霧のかたまりのようなものに当たり、そのまま巻きついた。


 あの黒い霧のかたまり。


「異形のもの!」


 人に、異形の影が見えるのは初めてだ。


「いぎょうのもの?」


 火の糸をはなった女性が、わたしを見おろしていた。


「おまえ、見えるのか?」


 なんと答えていいか。そのとき、駆けだす足音が聞こえた。あの中年男性が、わたしにむかって駆けてくる!


「ばかな、ホムラがかない!」


 女性が上着のなかへ手を入れた。ぬきだした手ににぎられていたのは拳銃だ。


「止まりなさい!」


 女性がさけんだ。でも中年男性は足を止めない!


 その男性のさらにうしろ、さわぎを聞きつけたのか建物の勝手口があき人がでてきた。


「なかに入れ! くそっ、これではてんか!」


 女性はさけぶと同時に拳銃を上着のなかへもどした。近くにあったゴミの入ったポリバケツをむんずとつかむ。


 なかに入ったゴミごとポリバケツを男性に投げつけた!


 ゆらゆらと歩いてくる男性の顔に大きなポリバケツは見事あたり、男性は豪快ごうかいに倒れた。


「逃げろ!」


 女性の言葉にわたしのからだが反応した。立ちあがって走った。


 なにこれ。なにが起きているのか、まったくわからない。でも逃げないと。なにがなんだかわからないけど、逃げなきゃ!

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