錆びた鎖は断ち切るべきなのか?

猪原 野付

退屈な仕事


「・・・・・・今日もぼちぼち、がんばりますか~」


お昼12時、職場の椅子に着く。そろそろ仕事を始めてもいい時間だ。


僕、ティールはテクノポリスの社会透明性監査局で職員として働いてそろそろ2年になる。


僕には幼い頃から両親がいなかったが、12歳上の兄、サンタンデールがよく俺の面倒を見てくれていた。

サンタンデールは監査局で、若くしてテクノポリス第7グリッドの監査官に抜擢され、人々に公正な議論を促したり、意思決定を行うための投票を指導したりしていた。

僕は幼いころからそんな兄の姿に憧れ、自分も兄のように誰もが平等で格差のない社会に貢献したいと思った。

そんなわけで2年前、テクノポリスの社会透明性監査局での仕事に就いたのだが、配属先は共同所有財産部の遺産分配課で、僕の日々の仕事は、死亡した市民が保有していた資産をオークションにかけることだ。

遺産の調査はサイバーテック社製のAIロボットがやってくれる。その間は特にやることがなく、適当に事務所で時間を潰す。


誰かがやらなければならない仕事だが、やっていることは実に単純で機械的で、裁量の余地もなければやりがいもたいしてない。


仕事量も大したことないので僕の遺産分配の仕事はいつも昼の12時頃から始まる。


「別に仕事やめてもいっかな~。BI(ベーシックインカム)があるから生活には困らないもんな~」


思わずこんな情けない声が漏れる。


コンピューターを起動し、本日の案件を確認する。


「・・・本日、対処が必要な案件は1件です。」


「・・・対象者:シングルトン(World ID:0436575a)、年齢:33、居住:テクノポリス第7グリッド北東地区12番地4-1、死因:自宅での火事により焼死(この事件は捜査局によって事故と認証されました。)」


捜査局の捜査資料に目を通す。不正防止のために捜査資料は全世界に公開されている。


シングルトンは、個人のマイナーとして多少多くの財を成していたようだ。

マイナーとは、ブロックチェーン社会の根幹を担うマイニングという作業を行う人たちだ。


この社会では全ての個人、組織の取引情報などは、情報が入ったブロックがチェーンのように連なって管理されている。チェーン構造では全ての情報が前の情報と関数で紐づけられており、新しい取引や情報は全て、マイナーが自身のPCなど計算を行うことで情報の信頼性が確保される仕組みとなっている。

最初に計算を終えて新しいブロックを前のブロックに追加したマイナーは報酬を受け取ることができ、これは個人によって行われることもあるが、サイバーテック社をはじめとした巨大なマイニング企業がマイニングファームを運営することでも行われる。


世の中の計算資源の保有量は、この仕組みを確立させたサイバーテック社が4割

2割が未来智能集団(ウェーライ・グループ)、残りの4割は個人のマイナーから構成されている。


そんなことはさておき…


火事は煙草の火の不始末が原因らしい。初期消火装置は作動しなかったのか?

火事ということでオークションの対象となるようなものは殆ど残っていないだろう。


調査は調査ロボットに任せればいいが、何度も言うように僕の仕事は非常に退屈だ。


そんな感じなので、僕はめったにない火事の現場を見に行くことにした。

上には「焼失した家で遺産を正しく調査するため」だとか適当な理由を報告すれば問題ないだろう。


僕は遺産分配課の事務所出て、現場に向かった。


シングルトンの自宅は第7グリッドのはずれに位置しており、第4グリッドの事務所からは50kmほどの距離がある。

しかし、真空チューブ内を走る高速列車に乗ってしまえば所要時間はわずかに10分、あっという間に現場に到着した。


早速現場を確認する。

なるほど、シングルトンの家は見事に全焼していた。


家は原型こそとどめているものの、重厚な石張りの白い外壁は家事によって黒ずみ、窓ガラスは熱によって溶け切っていた。


今ではめずらしい古風な邸宅のようで、家主は古式なものを相当好んでいたのだろう。

そのせいで恐らく、シングルトンの煙草は紙巻で火事を起こすし、彼の家に初期消火装置はついていなかったわけだ。


自分の家を所有してそこに自分が住む人は珍しい。

COSTの制度によって自分の家が明日買い取られてしまうかも分からないからだ。

多くの人は賃貸に住んでいるし、家や土地を所有しているのはいくらか金銭を多く持っている人だけである。

シングルトンは個人マイナーとして働いていたから収入には余裕があったのだろう。


外観を確認した感じでは家の修復は難しく、価値はつかないだろう。


邸宅の中へと足を踏み入れる


玄関すぐそばの階段を降り、地下へと下る。


個人マイナーらしく地下室には、計算資源のスーパーコンピューターがぎっしりと並べられていた。


すっかり使い潰して手首に馴染んだ腕時計型のスキャン端末を起動する。


地下室は火事の被害をさほど受けておらず、ほとんど通常時と変わりない。煙臭さがわずかに残る程度だ。


まだコンピューターの多くは生きている。これはオークションで価値が付けられるだろう。


こんなことを考えていた僕は背後から忍び寄る人の気配に気が付かなかった。


「動かないで、動いたらあなたの脳天に風穴を開けてあげるわ」


全く意味が分からない。気が付いたら僕は見ず知らずの女性にレーザー銃を向けられていた。


女性は僕より25歳の僕より3,4歳年上ぐらいの顔立ちで、暗い金髪のツインテールがだらっと下に垂れており、黒いリボンをつけている。彼女の目は何か僕の奥底の全てを見透かしているかのように淡く、はかない緑色の瞳が特徴的だ。その一方で、侮蔑や軽蔑の念を感じられるような鋭さも持ち合わせていてどこか人間離れをした表情をしていた。


「あなたのその胸のバッジ、監査局の人間でしょ。監査局の人間がこんなところで何をしているのかしら?」


「い、いや僕は遺産分配課の人間でただ遺産の調査に来ただけで、、、」


慌てて返答するが、遮るように彼女を口を開く


「『動かないで』って言ったのはその余計な口も含まれているのだけど?」


彼女は改めてレーザー銃を突きつけるような仕草を見せる。


何が何だかもうめちゃくちゃだ。この人、ヤバすぎる。


「遺産分配なんて些細な仕事、AIロボットに任せれば無用者階級でもできるでしょう?わざわざ実地に赴くことがあまりにも不自然だと思わないかしら?」


なんだこの女。口は悪いが言ってることはその通りだ。

確かに僕の仕事は、BIの所得だけで生活している人々=無用者階級でも成り立つ


「あなたも監査官のマックスと同じ、サイバーテックの“お友達”なんでしょう?このシングルトン家に侵入して彼の眼球をいただこうとしたけど、火事が起こって失敗したのよね?あなたはその後処理をしに来たってところかしら」


ごめんやっぱり撤回。

監査官のマックスがサイバーテックのお友達?眼球をいただく?僕がその後処理?

やっぱり全然言ってることの意味が分からない


「いや、確かに遺産分配は誰でもできる退屈な仕事だけど!だからこそ暇つぶしでよく実地に赴いているんだよ。ほら、このスキャン端末に色々記録残ってるから!」


女はもともと気難しそうな顔を更に気難しそうにして、端末に顔を覗かせる。

「なるほどね…確かに私の早とちりだったかもしれないわね…」


彼女は右手に持つレーザー銃をそっと下ろした。


「これは悪いことしたわね“無用者階級もどき”さん。死人の家に堂々と入れていいわね。遺物に欲情するネクロフィリアなのかしら?それじゃあ楽しいお仕事がんばって。」


彼女は全く悪びれる様子もなく淡々と嫌味を並べ立て、その場を去ろうとする。


「いやいや、こんなことされて意味が分からないから!今すぐ全部説明しろよ!全部!あと今言ったこと全部間違ってるからな!」


つい語気が強まる。


「それじゃ説明するわね。今あなたの端末を見てあなたの身分を確認したから。余計な動きはしないように気をつけてくださいね、監査局のティールさん。」


彼女は僕の目を真正面から見つめ、ここにきて初めてにこっと笑顔を見せた。

おいおいこんな反社に目を付けられたんじゃ冗談じゃないよ。

そうして僕が途方に暮れているうちに、彼女は足早にその場を立ち去ってしまった。

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