真面目マッサージ小説置き場

西織

ケース1 肩揉みしてくれる優しいお姉さん

 しとしとと雨が降っている。

 窓の外を見ると、昼前なのに既に薄暗かった。

 今日は一日中雨らしく、静かな雨が降り続いている。

 今日はずっと受験勉強する予定だから、別にいいのだけれど。

 両親は朝からどこかに出かけていて、家の中は静かだ。

 今日は勉強に集中できそう。

 今の成績じゃ志望高校には厳しいし、まだまだ頑張らなくちゃ――。


 こんこん。


「……そうくーん?」


 部屋の扉をノックされたかと思うと、すぐさま開けられた。

『部屋に入るときはノックして』と何度も言ったおかげで聞いてくれるようになったが、すぐ開ける癖はちっとも治らない。

 返事する前に開けたらノックの意味なくない?

 ため息を吐きながら、俺はそちらに顔を向ける。


「……なに、姉ちゃん」


 扉から顔を覗かせているのは、俺の姉ちゃんだ。

 首を傾けているので、長い髪が揺れている。

 姉ちゃんはすごい美人で、スタイル抜群で、とんでもなく魅力的……、らしい。

 姉ちゃんを見ると、たいていの人は俺を羨ましがる。

 いいな、いいな、あんな姉ちゃん。うちの姉貴と交換してほしい。

 紹介してくれよ、頼むよ。あんな彼女欲しいよー。

 何度言われたかわからない。


 しかし、弟からすれば、姉が美人かどうかなんてわからないし。

 スタイルが良いって言うけど、難しい顔をして体重計を睨んでいたり、「ダイエットしなきゃ」って言いながらふらふら間食したり。

 そんな姿ばかり見かける。

 ただ、確かに姉ちゃんは背が高い。

 ……俺はかなり低い。

 いつも姉ちゃんを見上げる形になる。

「これから伸びるから」とよく言われるけど、中三で姉ちゃんを見上げなきゃいけないのは結構悲しい。


 そして姉は何かと俺に干渉してくる。

 正直ちょっと鬱陶しい。面倒くさい。

 そんな姉に対して、「羨ましい」と言われても、「そうかぁ……?」と首を傾げるしかない。


「そうくん、今日お母さんいないけど。お昼ご飯どうする?」

「あー、腹減ったときにカップ麺でも食べるよ」

「ダメだよ、そんなの。受験生なんだからちゃんとしたもの食べないと」


 ぷんすか怒って注意してくる。

 その受験生の勉強を邪魔しているのはだれだ。

 俺が微妙な表情を浮かべていると、姉ちゃんはにぃーっと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「お姉ちゃんがチャーハン作ったげようか。レタスたっぷり入ったやつ。そうくん好きでしょ?」

「………………」


 確かに好きなんだけど。

 姉ちゃんに捕まると長いんだよな……。

 でも、ここで断ったらそれこそ面倒くさい。姉のこれは質問ではなく確認だ。

 いらない、と言えばあーだこーだと理由をぶつけられ、最終的にこちらが折れる羽目になる。


「……あー、うん。じゃあ、食べる」


 せめてもの抵抗としてそっけなく返事をするが、効果はない。

 彼女はにこにこしている。


「そっかそっか。やっぱりそうくん、チャーハン好きだねえ」


 ……これで俺がチャーハンに釣られた、と思っているのだからおめでたい。

 彼女が扉を閉めてから、ため息を吐く。勉強は中断だ。

 みんな、本当にこんな姉が羨ましいんだろうか……?




「うまい」

「よかった」


 向かいに座った姉ちゃんは、やわらかな笑みを浮かべている。

 正直さっきまで乗り気ではなかったが、チャーハンを前にして色々と吹っ飛んだ。

 食欲をそそるゴマ油の香りで、空腹を意識させられた。

 ぴかぴかに光った金色の米が湯気を立て、より空腹が強まる。

 気付けば手を伸ばしていた。

 一口頬張ると、熱々でパラパラの米が口の中を満たす。ゴマ油の風味と香ばしさが一気に広がった。さらにアクセントのしゃきしゃきレタス。

 うまい。最高だ。


 何も言わずにさっさと食べ終えようと思っていたのに、つい感想が漏れてしまう。

 姉ちゃん、めちゃくちゃ不器用なのに料理だけはうまいんだよな……。

 夢中になってガツガツと食べていると、あっという間に皿が空っぽになった。


「おかわりあるよ。食べる?」

「食べる」

「そうくんはほんとにレタスチャーハンが好きだねえ」


 うふふ、と微笑みながら、フライパンに残ったチャーハンをよそってくれた。

 再びチャーハンに取り掛かっていると、姉ちゃんは苦笑する。


「ゆっくり食べな?」

「うん」


 返事しつつも、つい次の一口が大きくなる。

 反面、姉ちゃんの食べる速度は遅い。

 のそのそと口に運び、一生懸命もぐもぐしていた。

 ただでさえ遅いのに、話しかけてもくる。


「今日は一日中、勉強?」

「うん。受験生だし」

「そっかそっか。わかんないとこがあったら、いつでもお姉ちゃんに言いなね?」


 それには返事しないでおく。

 姉ちゃんはこんなでも意外と勉強ができる。

 俺の志望校は姉ちゃんの通う高校だが、彼女はすんなりのほほんと入った。

 俺はこんなに勉強しているのに、まだまだ厳しい。

 ただ、姉ちゃんに勉強を教えてもらおうとすると、ずっと俺の部屋に居座られるか、姉ちゃんの部屋から帰してもらえない。逆に効率が悪いのだ。


「ご馳走様でした」

「お粗末様でした。やー、いっぱい食べたね。男の子だなぁ。でも、さすがに部活やってたときよりは減ったね? あのときはいっつもお腹すかせてたもんね」

「まぁ身体動かしてたし」

「今は運動してないから、身体なまっちゃうんじゃない?」

「あぁ……、そうかも。肩とか凝るし」


 肩をぐるぐると回す。

 途端、重みと痛みが主張し始めた。

 最近、運動もせずに机に向かってばかりだからか、肩こりがひどい。

 勉強しているとすぐに痛くなってくる。

 常に何かが載っているような、そんな窮屈さがあった。

 姉ちゃんは俺を見て、目をぱちぱちさせる。


「そうくん、肩凝ってるの?」

「あぁうん。結構ひどい。今日はまだそんなに勉強してないのに、もう痛いし」

「大変!」


 姉ちゃんは俺のそばに寄ってきて、後ろから俺の肩を掴む。

 姉ちゃんと並ぶと、背の高低差がはっきりするから近付かないでほしいんだけど……。

 なぜか姉ちゃんは俺の肩をぐいぐい押し、リビングのソファに連れていく。


「ほら、そうくん座って。お姉ちゃんが肩揉んだげるから」

「え、いや。いいよ、そんなの」

「だめ。受験生なんだし、身体を大事にしないと」


 いつになく強引に、ソファに座らされる。

 彼女は俺の後ろに回って、既に肩に触れていた。

 さすがに勉強に戻りたいのだが、姉は言ったら聞かない。大人しく従うしかなさそうだ。

 それに正直言うと、そこから続く言葉が魅力的に感じたのだ。


「肩が凝ってると勉強に集中できないでしょ? 大丈夫、ちょっと揉めばきっと楽になるから。スッキリするし、軽くなるよ~」

「……あぁ、うん。じゃあ、ちょっとだけ」


 ちょっとだけなら、と彼女に身をゆだねる。

 とはいえ、姉ちゃんのやることだ。きっとたいしたことはない。

 適当に揉んでもらって、さっさと部屋に戻ろう……、と思っていたら、思わぬ感触に目を見張った。


「あー、これは凝ってるね……。ガチガチだ。そうくん、かなり辛かったんじゃない? すっごく硬いもん。痛そう」

「そ、そうかも……」


 姉ちゃんに触れられると、肩がかなりの痛みを発する。

 彼女が指でぐりぐり押すと、そのたびに顔をしかめるくらいに痛い。


「いた、いたたた……」

「あ、ごめん……。もうちょっと優しくするね。というか、これはちょっと温めた方がいいかな……」


 姉ちゃんは揉むのをやめて、手のひらを肩に乗せた。

 そのままゆっくりと擦っていく。


「これなら大丈夫? 痛くない?」

「あぁ……、うん。これなら平気」


 すー、すー、と衣擦れの音とともに、肩が徐々に温まってきた。

 不思議なことに、たったそれだけの刺激と熱が心地よい。

 身体の強張りが取れて、力がするすると抜けていく。


「あぁ……、それ、結構気持ちいい」

「そ? よかった。やっぱり重症だねえ。ゆっくりやっていこっか」


 穏やかな声で囁いたあと、しばらくはそのまま擦ってくれた。

 俺は頭を下げて目を瞑る。肩を擦る音が耳に気持ちよい。

 両肩は微弱な刺激にほぐされて、すっかり温まっていた。


「さ、そろそろ揉んでいくねー……。痛かったら言ってね? これくらいでどうかな」


 姉は手のひらで肩を覆うと、わずかな力でゆぅっくりと押す。

 その瞬間、ふわっとした熱を感じた。

 肩全体に熱が広がっていき、それが柔らかい快感となって肩に溶けていく。

 彼女の手の動きに合わせて、触れた部分が熱を帯びる。熱が快感に変わる。肩に溜まった疲れがほどけていく。


「あ、ちゃんとあったかくなってる。これなら少しは平気じゃないかな? さっき、肩とっても冷たかったもんね」


 気持ちいい。

 あぁ、と声が漏れた。

 ゆっくりゆっくり。少しずつ少しずつ。丁寧な動作だった。

 割れ物を扱うような手つきだ。

 あぁ、これ本当に気持ちいいな……。


「気持ちい?」

「うん……」

「よかった。ゆっくりほぐしていくね?」


 その言葉通り、姉ちゃんはゆっくりと、そして丁寧に肩を揉んでいく。

 肩を包む手のひらの動きはゆるやかで、感触を確かめるようだった。

 反面、動きは大きくて、肩全体に刺激が届く。

 円を描くようなぎゅっ、ぎゅっ、と動きが肩の大きな凝りをやわらかくしていくようだった。

 じんわりと肩全体が熱くなる。

 凝りが崩れていき、それに合わせてじわぁっと快感が伝っていった。


「そろそろ大丈夫かな? もうちょっと力入れよっか」


 確認してから姉ちゃんが力を込める。

 今度は手で包むのではなく、指でぐりぐりと刺激された。

 親指が一点に集中して、さっきよりピンポイントな刺激が肩の奥深くに潜っていく。


「ここはちょっと痛いかもしれないけど……、ここのぐりぐりが取れると楽になれるよー」


 ぐりぐりぐり……、と指が動くたび、肩の奥が痛みを訴える。

 しかし、不快な痛みではない。それよりも快感が勝る。

 若干の痛みと声が出そうなほどの気持ちよさに、はぁ、と息を吐いた。

 痛気持ちいい、ってやつだろうか。


「本当にガチガチだね……。そうくん、もうちょっとストレッチとかした方がいいよ? 勉強中は同じ姿勢になりがちだから、それで肩こりがひどくなっちゃう」


 刺激する箇所を変えながら、姉はそう言う。

 指はくるくるとした動きを見せ、そのたびに強い快感が押し寄せてくる。ぐぅーっと気持ちよさがあがってくるのだ。

 

「ずっと同じ姿勢でいるとね、肩に老廃物が溜まって血の流れが悪くなるんだって。それでこんなに固まっちゃうの」


 彼女の指が肩の中間をさしかかったところで、快感が一気に強まる箇所があった。

 一瞬、鋭い痛みが伴ったものの、そこから心地よさが溢れてくる。

 思わず、声が漏れた。


「あ、そこ……、そこ……、気持ちいい……」

「ここ?」

「そこ……。そこ……」


 ほとんど息を吐くような声に、姉ちゃんは苦笑する。

 ここかぁ、と言いながら、同じところを指でぐりぐり。

 穏やかな声に反して、徐々に力も強くなっていく。

 刺激は大きく、痛みの代わりにじわじわと熱と快感が広がった。

 声が漏れるほどいい気持ちだ。 


「それに、そうくん姿勢悪いね。猫背になってない? あんまり姿勢悪いと、身体によくないよ。ほら、ここも。カチカチだもん」


 そんなふうに言ってくれるが、正直頭に入らない。

 硬い部分を見つけては姉ちゃんがほぐしてくれる。

 とろけるような心地よさに頭もぼんやりしてきた。

 肩を覆う快感がまどろみを連れてくる。


「そうくん、聞いてる?」

「聞いてるよ……、それより、もっとそこやってくれる……?」

「聞いてないね?」


 呆れながらも、彼女は言うとおりに揉んでくれた。

 肩全体をしばらくほぐしたあと、今度は両肩の端っこを彼女は掴む。

 そのままグラグラと揺らし始めた。

 微弱な振動とやわらかな刺激が気持ちいい。


「あー……、なにこれー……」


 ぼんやりした声が俺の口から漏れる。

 肩を揺らされているだけなのに、妙に気持ちいい。

 肩全体に微弱な快感が広がり、それがずっと続く。

 あー……、と声が漏れ続け、そのまま頭をがっくり前に落とす。

 この極楽な振動にずっと身を任せていたい……。


「次は腕にいきますよー。腕も意外と凝るんだよね。肩もガチガチだったし、腕も疲れてるんじゃないかなぁ」


 残念ながら肩を揺らすのは終わってしまったが、今度は腕へと移行した。

 二の腕をぎゅっぎゅっと揉まれていく。

 肩のときより力を入れているみたいだが、痛みは感じない。

 きゅーっと指が差し込まれるたびに、五本の指がそれぞれ快感を誘発する。


「ゆっくりほぐしていこうねー……」


 ぎゅっ、ぎゅっ、きゅー。

 そのリズムが心地よい。

 腕なんて凝りようがないだろ、と思ったけど、しっかり疲れが溜まっているらしい。

 指でほぐし終わったあとは、手のひらでぐりぐりーと大きく刺激された。


「今度は首です。勉強してると首も凝っちゃうからね。しっかりとほぐしておこうねー。痛かったら言うんだよ?」


 彼女の細い指が首筋を撫でた。

 ぺたぺたぺた……、と触れていく。

 すると、彼女から「むっ」と硬い声が上がった。

 首をきゅっと掴まれる。

 その瞬間、鈍い痛みに襲われた。


「ね、姉ちゃん、そこ、痛い……」

「だよね……、うーん、首もすごく凝ってる。勉強は大事だけど、もう少しほどほどに……」

「そりゃ無理だよ……。今勉強しなくていつするんだよ」

「そ、そっか……。じゃあせめて、今日はお姉ちゃんがしっかりほぐしてあげるね!」


 気合を入れた声を上げて、姉ちゃんは首に指を当てる。

 彼女の細い指が首に当たっているのは不思議な感覚だった。


「わー……、これは強敵だぁ。カチカチ。温めてほぐして、ちゃんとやわらかくしようねー……。あんまり痛かったら言うんだよー……」


 首を手のひらが包み、五本の指にぎゅっと力が込められた。

 鈍い痛みが一瞬鋭いものに変わり、俺の顔は歪む。

 あぁ凝ってるんだな、と実感させられた。

 よっぽどひどい凝りらしく、姉ちゃんはそこを重点的にほぐしていく。

 そのたびに、「いてて、いてて……」と声が漏れた。

 だが、姉の体温が首に移ったかのように、徐々に首が温かくなる。


「お、温まってきた。もうちょこっとだけ、がんばろうね」


 熱が浸透していく。

 痛みがゆっくりと減っていき、代わりに熱が快感を運んできた。

 姉の指先が静かに、けれど確実に凝りをほぐしていく。

 痛みと快感の量が逆転する。

 

「あー……、これやば……」


 掠れた声が口から出ていった。

 姉ちゃんはそれにくすりと笑ってから、さらに丁寧に揉みほぐしていく。


「気持ちい?」

「うん……」


 首全体が熱を帯びて、ガチガチだった首にやわらかさが戻ってくる。

 あー……。気持ちいい……。

 ついさっきまで、「肩揉みなんていいよ」って言ってたのに、すっかり姉ちゃんの手に身をゆだねている。

 身体中の力が抜けて、ぽかぽかとした温かさに包まれていた。


「よいしょ、っと」


 姉ちゃんの手はどんどん上にあがっていき、今は首の付け根まで辿り着いていた。

 そこで、ぐっと両指が押し込まれる。

 重い痛みがゆっくり頭を抜けていく。

 なんだこれ。

 むぅ、と姉ちゃんが唸り声をあげた。


「そうくん、ここは目が疲れると痛くなるツボです。勉強の合間に揉んであげると楽になるから、覚えておいてね」

「うっす……」


 ぐりぐり、と指を押し込まれるたびに痛む。

 同時に不思議な気持ちよさがあった。

 姉ちゃんは俺の頭を指で支えながら、親指を器用に押し込んでいる。

 頭を引っ張られるが、嫌な気持ちにはならない。


「あとはホットアイマスクなんていいかも。休憩中に使うとスッキリするよ。あとでお姉ちゃんの持ってきてあげるね」

「ありがと……」


 首筋のマッサージをしばらく続けたあと、すぅーっと彼女の指が再び肩に降りていく。

 目のツボは押し終えたらしい。

 ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 気のせいかもしれないが、心なしか目が楽になった気がする。

 頭も軽い。

 今度から自分でも押そう……、と思っていたら、新たな刺激に意識が引っ張られた。


「うー……」

 

 肩の中心に手が戻っている。

 先ほどまでの指圧ではなく、手のひらで円を描くようなマッサージだ。

 服と手が擦れて熱を発し、それがまた気持ちいい。

 ぐるぐるぐるー……、と回していく。


「ちゃんとほぐれてる。血行もよくなってるね。老廃物がちゃんと流れている証拠だよ。肩凝っててもいいことないんだから、ちゃんと気を付けようね?」


 さっきまでの痛みはすっかりなく、ただただ心地よい。

 彼女の手が動くたび、まるでそれを求めるかのように俺の頭が落ちていく。

 押してくれ、と言わんばかりだ。

 心地よさに身を委ねていると、彼女の手が肩から離れた。


「今度はぱたぱたぱた、をやってくねー」


 不可解なことを言い出す。

 なんだろう、と思っていると、彼女の手が肩を叩き始めた。

 手は握らず、やわらかくした状態で肩を叩いているらしい。

 確かに、ぱたぱたぱた……、と音が鳴り響く。

 肩がやわく叩かれている。


「気持ちいい?」


 刺激までしなやかで、今までとはまた違う気持ちよさだ。

 軽くてやわらかい快感がずっと続いているような……。

 音と刺激がリズミカルなこともあり、やけに心地よい。


 ぱたぱたぱた……。

 

 耳馴染みのよい音と気持ちよさを満喫していると、眠気がぐうっと強くなる。

 姉ちゃんももうしゃべっていない。

 いつの間にか、俺の意識はすっかり闇へと落ちていった。




「…………はっ」

「あ、起きた」


 身体を起こす。

 リビングのソファの上だ。

 俺はここで寝こけていたらしい。薄手の毛布がかけられている。

 声のした方を見ると、姉ちゃんがテーブルで文庫本を読んでいた。


「俺、寝てた……?」

「うん。ぐっすり寝てたよ」


 うえ、と肩を落とす。

 窓の外を見ると、既に日が暮れ始めている。

 いつの間にか雨はやんだらしく、夕暮の色が部屋の中まで入り込んでいる。

 もうこんな時間かよ……。今日は一日勉強する予定だったのに……。

 思わず、姉ちゃんに文句を言ってしまう。


「起こしてくれればよかったのに……」

「でもそうくん、気持ちよさそうに寝てたから」


 なぜかにこにこしながら、姉ちゃんは言う。

「なんでそんなに嬉しそうなの」と尋ねると、彼女は胸を張って答えた。


「お姉ちゃんのマッサージで眠っちゃうなんて、わたしの腕も捨てたもんじゃないなって」


 なんだそれ……、確かに気持ちよかったけどさ。

 でも、勉強のために身体をほぐしてもらったのに、勉強せずに寝てたら本末転倒だ。

 あー、やっちまった……。

 俺が凹んでいると、姉ちゃんがトトト、とやってくる。


「そうくん、さっきお母さんたちから連絡がきたんだけど。用事が長引いて帰るのが遅くなりそうなんだって」

「あー、そうなの? ……それで?」

「うん。ご飯、お姉ちゃんが作ろうかなって。そうくん、何食べたい?」


 嬉しそうに言う姉に、ため息が出そうになる。

 しかしまぁ、過ぎたことは仕方がない。

 身体は軽くなったし、昼寝もしたのだから、夜頑張ろう……。


「ねぇねぇ、何食べたい?」


 俺をつついて尋ねる姉ちゃんに、俺は食べたいものを伝えるのだった。


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