第四話


 「近来まれにみる不手際集団」

        (第四話)


         堀川士朗



CDメジャーデビューのクラウドファンディングを募るが、60円しか集まらなかった。


まあそんなもんだろうな。

まだ、海のものとも山のものともつかない得体の知れない地下アイドルにクラファンする物好きなどいない。

ナイトメアグループアイドルプロジェクトで、社長の岩谷火星人の半ば道楽で始めた事だかんな。

あたしたちはお金をかけられている。

採算を度外視していなければナンバーワン姉ちゃんズなんて三日ももたない。

その自覚はとても悲しい事だなぁとあたしは感じていた。

みんなもそうだ。


あと今日、中村問屋子がなんか魚臭い。漁港臭い。

マムチョの匂いだろう。

多分こいつ生理中なんだ。

近寄るな。

マムチョくせえから。

あとこいつは月に一回ごと引っ越しをするらしく、前に聞いたら、とりあえず50万貯まったら引っ越しているらしい。

なんか住んでる部屋が、一ヶ月もすると飽きてしまうそうだ。

生理と関係しているのだろうか。

どうでも良いが、どうやってそのカネを捻出しているのか?

角川チョロギみたいにバックにパトロンがいるか、それとも中村は怪しいバイトでもしているのだろうか?

だとしたら問題だ。



アビゲイル市松が夢に出てきた。

楽屋で出た弁当の残飯を市松が美味そうに食らっていたのであたしがやめなよと言うと、市松は怪物に変身してみんなに襲いかかり、あたしは倒そうとして鉄砲の光線銃で市松の眉間を狙って、それが当たった市松は改心して人間に戻って一緒に仲良くヨーデルを踊った。

起きて鑑みるに、あたしはよっぽどアビゲイル市松の事が気になっているんだと思う。

百合(ゆり)るか。



今日は午後から都内某所のショッピングモール、『はとポッポステーション』での営業。

客まばら。

てか老人しかいない。

未来のないお前らに聴かせる曲など、ないんだこちとら。


営業帰りにマネージャーの杉下鉱脈女史からお小言を受けた。


「単刀直入に言うけど鈴木軽奈さん、あなたナンバーワン姉ちゃんズのリーダーとしての自覚が足りないのじゃないでしょうか」

「え」

「今日のライブまるで良くなかったわ。なんか出来合いのチンしたものを提供された感じで」

「そうですか」

「もっとメンバーを鼓舞しないと。あとあなたはあれね?もう少し自分を不細工だと思った方が良いわね」

「え?」

「メイクアップをもっと勉強して。自分を最大限にまで魅力的に輝かせてからせめてステージに臨んで頂戴」

「はあ」

「でなくてはアイドル稼業は到底務まらないわよ」

「かぎょ」


なんだよこいつ。

アイドルを落ち込ませるのがマネージャーの仕事か?



帰り道途中まで一緒だった中村問屋子がスマホを見てひとりニヤついている。

手首に巻いた輪ゴムをピンピンと弾きながら、誰かと誰かと誰かに連絡している様子だった。

あたしはその時、奴がなんか良からぬ事をしでかす予感があったし、その予感は的中する。



あたしの住んでいるアパートのちょっと歩いたところに小さな公園があって、そこに電話ボックスが置かれている。

普段使われているのを見た事は一度もない。

非常時や災害用に置かれているものだ。

なんか、スマホじゃ掛からないけどそこの電話ボックスから電話を掛けたら、亡き母と会話出来るんじゃないかと思ってしまった。

声が聞きたい。



ライブハウスはあたしたちの枠は満員だった。

ここのキャパは狭いが、ぎちぎち130人は入っているんじゃないだろうか?

メンバー最年長の角川チョロギが手売りのチケットで呼んだ客が多い。

それもそのはず、チョロギは新興宗教ドドゥイッツ教の信者で、この客らもみんなそうだ。

みんな良い人そうなのだが、なんか地球征服を裏で狙っている宇宙人というか雰囲気が違っていて、なんか不気味だった。

笑顔が、なんか貼り付いたプラスチックのお面みたいだった。

そういえばチョロギの顔面も乾いたお面っぽい。

怖いとこはそこにある。

得体の知れない怖さ。

物販タイムでは彼らが列をなし、角川チョロギとチェキにおさまって一枚1500円支払っていた。



ライブが終わった楽屋。

椅子に座る鹿羽ルイ子。

まだ帰らずに、スナック菓子を箸でつまみながらしきりにスマホをいじっている。

ため息をついている。


「鹿羽、電気消すよ?」

「まだいる」

「まだかよ」

「は~。今月もいいね税払ったからお金なーい」

「控除にならんの?」

「ならない」

「いいねし過ぎなんじゃないの?」

「しちゃうんだよねー。猫動画にー。かわいいから~」

「病んでる証拠だよ」

「ほんとでかよ?」

「知らんけど」

「それって、鬱病ってことォェ?」

「知らんけど」


やべえ。こいつも鬱病かよ。近寄るな。鬱は伝播するからな。

みんな、いいねが欲しい、欲望食いっ子動物。

あたしもそうだ。



帰り道。

暗い道。

不意に母の事を思い出した。

いつも仕事一筋だった母。

スナックで働いて、女手ひとつであたしを高校にまで入れてくれた。

しかも貯金であたしの住むアパートまで生前用意してくれた。

感謝している。

高校中退しちゃってごめんねというのもある。

だからこそ、今の仕事、ナンバーワン姉ちゃんズのリーダーは辞めちゃいけないんだ。

中途半端になっちゃうから。

お母さん。

その背中とか、胸とか、めちゃくちゃ痩せていたなぁ。

でも、優しかった。

夢の中でも良いから声が聞きたいな。


風がとても冷たい。



            続く


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