【9話】この痛み、君の為
痛みと疲れが一気に押し寄せてきて、歩くのが辛い。足元がふらつき、視界がぼんやりとしている。
「ちょ、ちょっと休もうか……」
「
彼の顔には心配と戸惑いの表情が浮かんでいる。私は何とか頷こうとするが、言葉がうまく出てこない。
「せ、背中に……おんぶするよ」
「え、で、でも……」
一瞬、重くないかな、迷惑じゃないかなと心配になる。それでも、彼の真剣な眼差しに押され、思わずうなずいた。
「お、お願いね」
私は
頭が痛くて目をつむり、全てを
(お父さん……)
あの日、足を怪我してしまった帰りにお父さんが同じようにおんぶしてくれていた。それが最後のお父さんとの思い出。彼の背中のぬくもりが、あの時の安心感を思い出させる。自然と涙がこぼれ出てきた。
「あ、
「ううん、大丈夫。
私は
道中の景色はぼんやりとしていて、まるで夢の中にいるようだった。
目を閉じていると、周囲の音が敏感に耳に入ってくる。足音が保健室の前で止まり、扉が開く音が聞こえた。冷たい空気が一瞬にして流れ込み、保健室の独特の消毒液の匂いが鼻をつく。
「着いたよ」
「こちらにどうぞ」
保健室の先生がすぐに駆け寄り、私をベッドに案内してくれた。
「傷は、少し切れてるけど、大したことないわ。でも、頭を打ってるから、病院で見てもらったほうがいいわよ」
先生の声が心配そうに響く。私はお母さんに迷惑をかけたくない一心で断った。
「だ、大丈夫です、先生。家に帰って休みますから……」
心の中では、お母さんにこれ以上心配をかけたくない気持ちが強くあった。お母さんに負担をかけることが、何よりも辛い。
「なら、少しここで安静にしていて。何か体調の変化があったらすぐ呼ぶのよ」
先生はそう言って、優しい笑顔を見せながら部屋を出て行った。
静寂が訪れると、保健室の静けさが一層際立った。外の騒がしさが嘘のように消え、静寂が二人を包み込む。私の心臓の鼓動と、
ベッドで横になる私の隣で、彼は心配そうに椅子に座ってくれた。窓から差し込む柔らかな光が、静かな保健室の空気をさらに穏やかにしている。
「
「痛みもだいぶ引いたし、大丈夫だと思う」
私は彼に微笑みながら答えた。彼の存在が私を安心させ、少しずつ痛みも和らいでいくような気がした。
しばらく沈黙が続いた。保健室の静けさが二人の間に重くのしかかる。外の世界から切り離されたかのような静寂の中、時計の秒針の音だけが微かに響く。
沈黙を先に破ったのは
「
彼の目を見つめながら、私は決心を固めた。これまでの出来事が頭の中を駆け巡り、心の中で言葉を整理する。自分の気持ちを伝えなければならないと感じた。
「
私は深く息を吸い込み、勇気を振り絞って話し始めた。保健室の静かな空気が、私の声を包み込むように広がる。
「入学式の日、私はとても不安で、誰とも話せなくて……。でも、放課後の教室で、
『あの日、上手く話しかけることなんてできていなかったのに…それでも救われたなんて…』
「あの日から私は少しずつ変わることができたの。
『俺なんかが、
「だから、気にしないで。
彼の目に一瞬戸惑いが浮かんだ。
『俺の笑顔が…支え…?』
「実はね、私、中学の時に親友だと思ってた子に酷いことを言われて、嫌われて、変な噂を流されて、ひとりぼっちになったことがあるの。それで高校に入学するのがすごく怖かったの」
私は一瞬言葉を詰まらせ、
『そんなことが……俺もずっと一人で、誰かに話しかけることなんてできなかった……』
「だから、誰にも心を開けなくて。でも、
『
「で、でも、傷が……」
「傷は、髪の毛で隠れる場所だし、それに、もしもの時は……」
ここで私は一瞬言葉を詰まらせた。言いたいことが胸に込み上げてきたが、それを押し殺して続けた。
「
『俺が……
その瞬間、
「
(でも、この心を読む能力だけは、絶対に言えない。嫌われたくない。これだけは、私だけの隠し事)
その時、スマホの電話が鳴り響く。
「もしもし?」
「ちょっと
「いま、保健室にいて、
「え!?保健室!?どしたの、大丈夫!?わ、私今からすぐ向かう!!」
走り出す音と同時に電話が切られた。
少しして、勢いよく扉が開かれる音がした。驚いて顔を上げると、心配そうな顔をした
「
「ちょっと頭ぶつけちゃっただけで、大したことないよ。」
私は安心させようと微笑んでみせたが、
「もー心配したんだから。急に飛び出していっちゃうし……」
「
私は深く謝る。
「痛くない?大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「
事情を聞いて、
「
「そ、そんな……僕はただ……」
その時、先生が戻ってきた。扉の開閉音が静かに響く。
「あら、みんな来てくれてるのね。体調はどう?」
「大丈夫です。」と答えると、先生は心配そうな目で私を見つめた。
「変化があったらすぐに病院行きなさいね」
先生はそう言って微笑みながら見送ってくれた。
保健室を出ると、夕焼けの光が廊下を赤く染めていた。外はすっかり日が落ち、肌寒い風が吹き始めている。
「
「お、俺も送る。」
「ありがとう、
三人で並んで帰る。夕焼けが街を染める中、私たちの影が長く伸びていた。風が冷たく、秋の訪れを感じさせる。
「本当に大丈夫?」
「うん、もう元気だよ」
私は微笑みながら答える。
三人で歩くその時間が、私にとって何よりも温かいものだった。夕焼けが背中を押すように、私たちは家へと向かって歩き続けた。
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