小夜時雨の約束

ゆきのあめ

プロローグ

外の木々は紅葉が色づき始め、風が葉をさらって舞い上げている。教室内は賑やかで、文化祭特有の興奮と期待感に満ちていた。色とりどりの紙やポスターが散らばり、あちこちで衣装や飾りの準備が進んでいる。生徒たちはお互いに意見を交わし、笑い合いながら作業に励んでいた。


秋の柔らかな陽射しが窓から差し込む教室の一角で、柚月ゆづきと私は楽しそうに話していた。


心結ここなちゃん、どうかなこれ」


柚月ゆづきがピンクのハートで作られた四つ葉のクローバーの髪留めを見せてくる。レジンで自作したものだ。彼女の手の中でキラキラと輝くその作品に、自然と笑みがこぼれる。


「かわいい!柚月ゆづきすごい」


思わず声が弾んだ。手に取って光にかざすと、輝くその小さな作品に心が躍る。


「でしょー。心結ここなちゃんにも作ってあげるね」


柚月ゆづきは嬉しそうに頷いた。


その時、教室のドアが勢いよく開き、陽之都ひのとくんが少しムッとした表情で入ってきた。


「おい、柚月ゆづき心結ここな。遊んでないでこっち手伝ってくれよ」


陽之都ひのとくんが声を上げる。


陽之都ひのとくんの後ろから、模造紙とたくさんの木材を抱えた朝霞あさかくんが入ってくる。教室内に風が吹き込み、私たちの髪をそよがせた。教室内のざわめきが一瞬止まり、みんなの視線が二人に集中する。


私はすぐに立ち上がり、朝霞あさかくんに駆け寄った。


朝霞あさかくん、重くない?大丈夫?」


「だ、大丈夫……これくらい。任せて」


朝霞あさかくんは少し照れたように微笑んで答えた。彼の笑顔が私の心配を和らげてくれる。彼に対する感情が胸に広がるが、それを隠すように微笑み返す。


「ちょっと悠真ゆうま!少しくらい持ってあげなさいよ」


柚月ゆづきが強めに言う。彼女の声に再び教室内のざわめきが戻り、みんながそれぞれの作業に戻っていく。陽之都ひのとくんは一瞬言葉に詰まり、眉をひそめたが、すぐに軽く肩をすくめて笑った。


「いいんだよ、こいつはもう少し力つけねぇと」


「私たちに手伝えとか言いながら悠真ゆうま、なにもやってないじゃん!」


柚月ゆづき陽之都ひのとくんの背中を少し強めに叩いた。陽之都ひのとくんは軽くうめきながら、背中を撫でる。彼の動きに少しだけ照れが混じっているのが分かる。


柚月ゆづきがうるせぇからさっさと組み立てるか。」


陽之都ひのとくんは模造紙と木材を受け取り、器用に組み立て始める。


「もー、こんなのになっちゃだめだからね、颯太そうたくん」


柚月ゆづき朝霞あさかくんに向かって言った。彼女の言葉に、私も微笑みながら頷いた。


陽之都ひのとくんの顔が一瞬で真っ赤になり、眉をひそめて口元をきつく結んだ。彼は柚月ゆづきには何も言えず、怒りの矛先を朝霞あさかくんに向けた。


「なんだと、柚月ゆづき颯太そうた!お前も手伝えよ!」


朝霞あさかくんは、持っていた木材を一瞬落としそうになり、慌てて持ち直した。彼の顔には焦りの色が浮かび、目が泳いでいる。


「え、あ、いや、そんなつもりじゃ……」


なぜか朝霞あさかくんが柚月ゆづきの代わりに必死に弁解しようとした。


その様子を見ていた柚月ゆづきは、お腹を抱えて大笑いを始めた。彼女の笑い声は教室中に響き渡り、笑いが止まらない様子だった。


「もう、やめてよ二人とも!面白すぎる!」


柚月ゆづきは涙を浮かべながら笑い続けた。陽之都ひのとくんは柚月ゆづきの姿をちらちらと見ながら、顔がさらに赤くなっている。


(この楽しい幸せな瞬間が永遠に続けばいいのに……)


その光景を見つめながら、私はしみじみと感じた。


(人間不信に陥って、どん底にいた私が、こんなにみんなと仲良くなれたのは、あの時、朝霞あさかくんが私を救ってくれたからなんだ)


私は、ふとあの入学式の日を思い出していた。


その瞬間からすべてが始まったのだと──。


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