第45話 私にできること(優愛編)

 母、娘の声を聞いてからというもの、一縷の顔は青ざめていた。家庭内におけるトラウマは、想像以上に強かった。


 飲食禁止、お風呂禁止、電気禁止、トイレ禁止は一線を越えている。一日でも同じことをされたら、命をすぐに断とうと思えるレベル。


 家庭虐待に加え、机には数えきれくらいの暴言。メンタルを維持できたことが、奇跡に等しい。


 唇を震わせている男の体を、そっと優しく包み込む。


「一縷は一人じゃないからね。私がずっとついているよ」


 いつもならかすかに届く励ましも、今回ばかりは届きそうになかった。家族の壮絶体験はトラウマとして残り続ける。


「優愛、触りたい・・・・・・」


 睡眠前に性欲を満たすと、興奮で眠れなくなる。普段なら睡眠をとること>傷をいやすことに重きを置いている。そのような男が、体を求めたのは、傷の深さによるものだろう。


 学校は一日くらい休んでもいいけど、心は壊れたら二度と戻らない。優先順位に基づいて、一縷のリクエストにこたえる。


「一縷、好きにしていいからね」


 トラウマを払拭するかのように、こちらの体を求めてくる。前に進もうとしている男の頭を、優しくさすった。


 一縷は体を触りながら、瞳から涙をこぼしていた。優しい彼のことだから、こちらを気遣っているのだと思われる。こんなときくらいは、リミッターを外せばいいのにと思えてきた。


「一縷の心の傷が癒えるまで、目を開けているからね。私をいくらでも求めていいよ」


 求められれば求められるほど、こちらの過去の傷も癒されていくみたい。二人三脚の共同作業で、苦しみを開放していこうね。


 大好きな人の掌は、刺激の強い部分にあてられる。声を出さないようにしていた女性も、さすがに我慢できなかった。


「優愛、あの、その・・・・・・」


「自分を責めるのはNGだよ。そんなことされたら、雰囲気はぶち壊しになるから」


 刺激的な部分に触られ続けたことで、強烈な尿意に襲われる。大好きな人の掌は、破壊力満点だ。


「一縷、トイレに行ってくるね。すぐに戻ってくるからね。生理現象を我慢したら、布団がびしゃびしゃになっちゃう」


 体をゆっくりと起こすと、大切な人のぬくもりを失った。すぐそばにいるのに、心の消失感はすさまじかった。一縷も傷ついているけど、同じくらいの苦しみを抱えているのかな。

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