第2話:謎の昇格

 その後2月に男と別れた羽那はなは、いつも通りフルタイムで仕事をこなしていた。そんな中4月になり新年度を迎えたある日、正午に出勤すると事務所に制服姿の朱巴あけはがいた。その横には、ボキューズA店の副店長でもありつつ生活用品係のメンバーを管轄する社員、伊原いはら明生あきおの姿もあった。


(……あれ? 朱巴のやつ、早朝で働いているんじゃなかった?)


そう疑問に持ちながらも、サービスカウンターへ寄りレジのシフトを確認する羽那。


「今日から、早朝で働いてた紀本きもとさんって人が保育園にお子さんを預ける関係で昼間に働くことになったの。何で? と思ったんだけど、入ってから半年しかたってないのにチーフに登用……昼間に移ってきたついでらしい」


声をかけてきたのは、オープンから苦楽を共にしてきた里見さとみ幸乃さちの。たまにレジに入るが、普段はサービスカウンター業務をこなしている。


「そうだったんですか……。はぁ……あの人同級生なんですけど、同級生とまさか同じ職場で、同じような時間帯で働くことになるとは……」


羽那の表情が暗い。


立田たつたさんから聞いたよ。コトハちゃん……まあ、暫くは気まずいかもしれないけど、頑張って」


幸乃に送り出され、羽那は先に来ていたレジ係のパートさん方を順番に休憩に入れる“休憩回し”の仕事を先に行う。レジを転々とし、休憩回しが終わると時間を見て今度は羽那自身が休憩に入ることになる。


 午後3時頃に休憩に入り、遅めの昼食をとる羽那。ロッカー室で朱巴とばったり会ってしまう。


「……久しぶりだね、コトハ」


どこか晴れやかな彼女の表情を見て、羽那の知る中学までの朱巴の面影はもうないように見えた。結婚し、2児の母になったからというのもあるかもしれない。


「……そうだね。中学卒業以来だね、朱巴」


当時はそこそこ仲良かった2人。でもこれからは、どうなるのだろうか。


「子供迎えに行かなきゃいけないから、また今度ゆっくり話そう。お疲れー」


「うん、分かった。お疲れー」


朱巴を見送った後、席に着いた羽那は弁当箱を開け、食べ始めた。


 幸乃も疑問に思っていたが、何故半年という短いキャリアでチーフに昇格できたのか。オープンから4年半勤める羽那の謎は深まるばかりだ。先程明生が横にいて何かを教え込んでいたのも気になる。キーマンは――明生なのか?


(考え過ぎだ考え過ぎだ。早朝時代にでもあったんだろう)


真相は分からない。だが、飛び抜けた実力があったんだろうと思うことにした。羽那は何も知らなかったが、入社から半年での登用には全国的には前例がなく、無理があり過ぎるのだ。だから、羽那も含め誰もがだと疑問に感じていたのだ。


☆☆☆


 朱巴が昼間に移ってきて暫くがたち、彼女が同じ時間帯にいることに慣れ、何となく仲良くやっている羽那。事務係としての仕事にも慣れてきた朱巴は積極的にレジ係のパートさん方とコミュニケーションを取ろうとしていたのだが……。


「何なのあの子……チーフになったからって調子乗ってんじゃないわよ……」


と愚痴をこぼしていたのは、幸乃だった。


「どうしたんですか、里見さん?」


「お利口さんのコトハちゃんと違って、あの子は社会人として何も知らなさ過ぎなのよ。年上の人に対しての態度をもっと考えるべきなのよ……」


 羽那が出勤する前、幸乃は朱巴と何か話していたそうなのだが、朱巴の何かが気に食わなかったのだろうと羽那は察していた。


「まあ……高校出てすぐ結婚したから、社会に出るの……1歩どころか数歩、遅かったじゃないですか。色々揉まれて何か勉強になったとか、あまりないと思いますよ」


パートさん方とのコミュニケーション問題。自分がとやかく声を挙げる必要はないのかもしれないが、このままいけば職場の雰囲気が悪くなってしまう一方だと、羽那は警戒していた。


――だが、朱巴本人を前にすると、羽那は怖くて何もできなかった。


(一体何を、朱巴をこんなにも?)


小・中学時代から唯一知る羽那でさえ、分からなかった。


 幸乃だけじゃない。江里子えりこも朱巴への不満をある日、羽那に漏らしていた。


「間違いない。あの子は生意気だわ。これから先、やってられないわねー……」


いつ自分もこういった標的にされるか分からない恐怖と、朱巴の変化の意味が掴めないもどかしさ。オープンメンバーという古株の羽那に対しても、態度の取り方は考えてほしいものだ。

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