第17話 鳩と鷲

黒木がダーウィンズオーダーに攻めてきてから3日経った。あれからまだ超常保安官の更なる刺客は攻めてきていないが、それでも警戒の手を緩めてはいなかった。


『ダーウィンズオーダー』の名前はネットで少しずつ広がりを見せており、このままだと民間人に僕たちの個人情報が露見するかもしれないと少しだけヒヤヒヤしていた。


そんな中、今日も無能者デリケイトを殺す任務が与えられる。


「今日は平和を訴える活動をしている無能者デリケイト喜多河きたかわ こよみを殺してもらう。そして、私たちの名前を広めることが目的だ。今残っている全員で行ってもらうものとする」


「喜多河 こよみ……」


僕は彼女の名前を聞いて、彼女をインターネットで見た時のことをふわっと思い浮かべる。


確か彼女は20代前半ほどのネット活動家で、時々顔を出して行動していることもあるほどの有名人だったはず。


彼女は反戦活動家で名高く、紛争を止めることを願ってほとんどのお金を募金に使っているすごい人でもある。


「あの、彼女が悪人だとでもいうんですか?」


アミちゃんは冷や汗をかきながらエボルにそう訴える。


「いいや。何度も言うが、私たちは彼女が悪人だから殺すのではない。無能者デリケイトだから殺すのだ。これ以上言わせるのか?」


「あっ……すいません」


アミちゃんはそう言いながら黙り込み、下を向いてしまう。


「それで、なぜ今日になって彼女を殺そうとするんですか?何か今日にした理由でもあるんですか?」


ここで僕は一応エボルに探りを入れてみる。


「それはだね。今日彼女がネットで大々的に顔出し配信を始めるからなんだ。それで顔出し配信をしている前に放送を乗っ取って殺して、本来の配信の代わりに私たちのイデオロギーを配信する。そうすれば無能者クズどもに不満を持った能力者たちが集まって、ダーウィンズオーダーが大きくなるかもしれないんだ」


「な、なるほど……でも、それってセキュリティは……」


「ああ。それも問題ない。彼女がどこにも所属せず、あくまで個人で活動しているのは知っているだろう?」


「はい、知っていますが……。でも、無能者デリケイトに護衛がつかないとは考えにくいですよ?」


「いや、以前私の部下が彼女の家を身分を偽って訪れたのだが……彼女はそういうものをつけない女だと聞いた。それに、仮に護衛がいたところで倒せばいいじゃないか」


エボルの言うことはもっともだけど、それでも深く刺さっている不安のかけらは僕の心から出ていかない。本当にどうしたものか。


そんな不安が頭をよぎる中、僕らは10日ほど前の任務で奪った車に乗り込む。6人いる僕らにとって4人乗りまでしか想定していない車の中は相変わらずちょっと狭いけど、やはり堅気ではない僕らはこんなことでは文句は言えない。


「今日は前の任務より遠くへ移動する。だが、焦ったり早く行けと命令するのはだめだ。よくわかったか?」


「はい、分かりました」


僕が郷戸さんに言われたことにとにかく頷くと、車はそれに伴って走り出す。


そのままダーウィンズオーダーを取り囲んでいる森を走り抜け、法定速度で走り出す。念の為、周りから正体がバレないようにバインダーをかけておく。


念に念を重ねて、なんとかバレずに車を喜多河の家に辿り着かせることができた。本来ならこの時点で住居侵入罪になるんだろうけど、もうとっくに法を犯している僕たちには関係のない話だ。


鍵がかかっていて家に入れないので、黎人くんがハンマーで扉を破壊し、強引に家に押し入ることにした。


「————このままロシアが戦争を続けたら、私たちのような罪のない無能者デリケイトが何万人も死ぬことになるんです。どうか一緒に反戦活動を続けましょう!」


遠くから喜多河が必死かつ大声で捲し立てる声が聞こえる。おそらくネットの向こう側にいる人に向かって演説しているのだろう。僕は声がする方向に向かって指を突き立て、この方向に彼女がいることを示す。


すると、その方向に向かって他のみんなが走り出した。


————


「えっ!?急にあなた達入り込んできてなんなんですか?私はただ、みんなに正しいことを伝えに……」


「お前みたいな奴に、正義を語られたら正義が腐るんだよ!」


洞坂さんに睨みつけられて動きが止まった直後の喜多河に、いつもより声が荒々しくなった郷戸さんがいう。


「お前の魂が地獄に送られる前に一つだけ伝えてやる。お前みたいな無能者ザコに、正義を語る権利なんかねえんだよ!大体、お前ら弱者っていうのは俺たちみたいな強者が慈悲をかけて生き存えさせてもらってるだけだってことをいい加減理解しろ。このまま戦争したら弱者が死ぬとか喚くのすら、強者の特権なんだよ!分かったらとっとと死ねや!」


あまりの怒号に僕は背筋が凍りついた。ダーウィンズオーダーが弱者に容赦ないのは知っていたけど、まさかここまでとは。


「さあ、超常保安局の奴らがこっちに来るまでにさっさと帰ろう?」


「お、おう……そうだな。久しぶりにこういうやつを殺すから血が騒いじまった……」


郷戸さんは洞坂さんに向かって謝ると、さっさとダーウィンズオーダーの車に乗り、施設に戻った。

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