友人の名前が〝北京〟から〝南京〟に変わった時の話。

梵ぽんず

自分の名前に悩んでいた友達の話

「私な、自分の名前が嫌いやねん」


 ビールを片手に長い溜息を吐いたのは北京きた みやこ

そのまま素直に名前を読むと、北京ペキンと読む事ができる生粋の大阪人だ。


 彼女は百貨店に入っている某化粧品会社に勤めていたお方で、加藤ミリヤのようなスタイルと容姿に酒と煙草が似合うお姉さん。クールビューティ系の怖いお姉さんかと思いきや、喋ってみたらサバサバ系でめちゃくちゃ面白い。


 年も近かったのもあって私と京はすぐに仲良くなり、仕事終わりに飲みに行くようになったのだ。


「一回な、お父さんに聞いてみた事があるんや。そしたらな、なんて答えたと思う? 〝漢字一文字の方が覚えやすいし、苗字も北やからな。京にしたら北京ペキンて読めるやろ? そっちの方が面白いし、インパクトあるやん!〟って、ゲラゲラ笑いながら言うねんで! 当時は高校生やったから、めちゃくちゃ腹立ってしもたわ〜」


 笑いながら愚痴をこぼした京はビールを一気に飲み干した。私はすかさず店員さんに声をかけ、ビールのおかわりを注文する。


「確かに北京ペキンて読めるけど、そんなに嫌やったら百貨店の研修の時に〝私の名前は北京ペキンと書いて、北京きた みやこです!〟なんて言わんかったら良かったのに」


 私がもっともな事を言うと、京はケラケラと笑い始めた。


「もう身体に染み付いてしまってるねん。こんなキャラやし、北京ペキンと書いて北京きた みやこっていうんです! って言うたらお客さん覚えてくれるし、めっちゃ笑ってくれるからな。今ではお父さんに感謝しとるわ」


 京は店員から三杯目のビールを受け取り、喉の渇きを潤した。


「でも私な、方角系の苗字の人とは結婚したくないねん。〝東〟と結婚したら東京やろ? 〝西〟と結婚したら西京になるし、〝南〟と結婚したら南京ナンキンになるやん。やからな、絶対に方角系の苗字の人とは付き合わんのや」


 それを聞いた私は「日本には方角系以外の苗字の人がたくさんいるし、大丈夫やろ!」と笑っていたが、この会話がフラグとなってしまうなんて思ってもいなかった。


 あれだけ方角系の苗字の人とは結婚しないと言っていたのに、京は〝南〟という苗字の人と結婚し、北京ペキンから南京ナンキンに名前が変わってしまったのだった。


※ちなみにこれは余談だが、感動に包まれた結婚式の最中、彼女は両親に向けた手紙で『あれだけ方角系の苗字の人とは結婚したくないと言っていたのに、◯◯君と結婚して北京ペキンから南京ナンキンになりました』のくだりで、会場にいた皆が吹き出したのは良い思い出である。

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友人の名前が〝北京〟から〝南京〟に変わった時の話。 梵ぽんず @r-mugiboshi

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