十四 刺客依頼

 長月(九月)六日、宵五ツ(午後八時)。

 小梅の水戸徳川家下屋敷の中間部屋で賭場が開かれた。賭場を開くのは御法度だが、水戸徳川家下屋敷内で博打が行なわれても町方は手を出せない。


 水戸徳川家下屋敷の裏門に、紺の木綿の小袖に紺の木綿の袴の二人が現われた。

「私は上屋敷の徒頭、斉藤卓磨だ、胴元の後藤伊織に会いたい」

 浪人の一人が、渡り中間風の男にそうと述べ、持ち金の額と博打をしたい旨を伝えた。

 二人の中間らしい男は互いに顔を見合わせて頷くと、こちらに、と言って斉藤卓磨ともう一人を連れて廊下を歩き、賭場が開かれている中間部屋のさらに奥へ案内した。


 中庭が見渡せる座敷の外廊下へ歩くと、中間は外廊下に立ったまま、座敷の閉じた障子戸に向かって、

「後藤様。斉藤卓磨様とお連れの方がお見えです」

 と言った。斉藤卓磨は後藤伊織と親しい上屋敷勤めの徒頭である。

「うむ。ここに通してくれ」

「はい。中へどうぞ」

 中間が障子戸を開けた。後藤伊織は頬杖を突いて障子戸に背を向けたまま横になって、干物を肴に酒を飲んでいた。

「卓磨がここに来るとは珍しいな」

「博打をしてみたいと思ってな」


 斉藤卓磨がそう言うと、弾かれたように後藤伊織が跳び起きた。斉藤卓磨と名乗る者の出現に面食らい、その場で正座している。

「このような場に・・・。

 日野先生。坂本先生。如何なされましたっ」

 後藤伊織の顔からどっと汗が噴き出た。

 斉藤卓磨は唐十郎で、もう一人の浪人は、唐十郎と共に柳生宗在幕府剣術指南役の補佐を務める、日野道場の師範代補佐で特使探索方の坂本右近だった。


 後藤伊織はこのところ、上屋敷で行なわれる剣術の稽古に顔を出していない。後藤伊織は唐十郎に何か言われると思った。


「実は・・・」

 唐十郎は、三人の刺客が始末された此度の事件を説明した。

「然らば、今宵、刺客を雇うために、香具師がここの賭場に現われるのですか」

「如何にも。そこで、私たちと共に、後藤さんにも、刺客を引き受けて貰い、福助の悪事を曝いて欲しいのだ」

 後藤伊織はほっと安堵した。悪事を曝く人助けなら、動かぬ訳にはゆかぬ。

「分かりました。では、賭場へ行きましょう」

 後藤伊織は床の間の刀掛けから打刀と脇差しを取って腰に帯びた。



 その頃。

 三吉と茂平は、また、足軽頭に話を通して中間部屋の賭場にいた。二人は、賭場に屯する浪人たちの中に、用心棒を引き受けそうな者を探した。三人の刺客が殺害された事件は、ここ小梅の水戸徳川家下屋敷には届いていなかった。


「腕の立つ者を探してる。とりあえず三人です。

 小金を稼ぎたい者は、新大坂町のお堀端にある、取り潰しになった廻船問屋吉田屋へ行って、話を聞いてほしい。

 腕しだいで手間賃は増えます」

 三吉はそう言って落し差しにした打刀の柄を右拳で、どん、と叩いた。


「行って手間賃の交渉をすれば良いのだな」

 中間部屋に屯している浪人が三吉に訊いた。

「へい、さようです」と茂平。

「して、いつ行けばいいのだ」

「今宵にも、取り潰しになった廻船問屋吉田屋へ行って、仕事の内容と手間賃を聞いてくれ」と三吉。

「分かった。お前たちは繋ぎだけか・・・」

「そうです」と茂平。

「それなら、これから行ってみよう。おまえたちは一足先に行って、話をつけておいてくれ。お互い、名は知らぬ方がいいな」

 浪人がそう言って三吉と茂平を見た。

「そうでござんす。わかりました。では、よろしく頼みます」

 三吉は茂平と共に中間部屋を出た。



 三吉と茂平は大川東岸の通りを南の両国橋へ歩いた。

「福助の奴は、藤五郎の頭と親しかった者を五人も始末させた。茂平も気をつけろ。福助に命じられて、藤五郎の頭と親しい者を探ってる香具師がいるぜ」

 福助が香具師を使って探りをかけている事を、三吉は茂平に説明した。

「兄貴と俺も、探られてるって事ですかい」と茂平。

「そういうことだ・・・」


 福助は誰を使って、藤五郎一味と親しい煮売屋を探っているのだろう、と茂平は思った。「また、あっしらは刺客の見張りをさせられる。早めに屋台を見張って、誰が客を探ってるか、確かめますか」と茂平。

「それしか手はねえな」

 答えながら、三吉はふと思った。嘉兵衛さんはどうやって元亀甲屋の借家権を手に入れたんだろう。福助にじゃまされな無かったのだろうか・・・。三吉は解せなかった。


 御上は元亀甲屋の借家権を競売にかけて吉次郎がこれを手に入れたが、吉次郎の悪事が発覚し、御上は、取り潰した吉次郎の吉田屋の借家権の競売と、元亀甲屋の借家権の再競売を行なった。

「福助は、亀甲屋と吉田屋の借家権の競売から閉めだされてた。なぜだと思うか」

「福助が吉次郎の一味だと御上にばれたのでは・・・」


 茂平の言葉で、三吉ははたと気づいた。

「御上は、福助が吉次郎の一味と気づいて、借家権の競売から閉めだしたんだ。

 そして泳がせてる・・・。悪事の証拠を固めて捕縛する気だ・・・。

 それなら、俺たちが、奴をはめりゃあいい」

「なるほど、たしかに、そうだ」

 茂平も納得している。


 四半時余りで両国橋の東詰に着いた。両国橋の向こうに、煮売屋の担い屋台の提灯が見える。

 三吉が茂平に呟いた。

「新大橋から新大坂町の吉田屋へ行くぜ。今夜も、福助が香具師に両国橋西詰めを見張らせているはずだ。今は、藤吉と顔を合せねえ方がいい・・・」

「あっしも、そう思っていやしたぜ」

 三吉と茂平は両国橋を渡らず、大川東岸の通りを南へ歩いて、新大橋から日本橋の新大阪町へ歩いた。

 さて、どうやって、福助を嵌めるか・・・。そう思うが、三吉にうまい策は浮ばない。

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