七 福助
長月(九月)六日。
朝五ツ(午前八時)。
取り潰しになった吉田屋の雨戸を閉めた店内で、香具師の福助は冷や酒を飲みながら握り飯を食っていた。菜は担い屋台の煮売屋からせしめた漬け物と鰯の煮付けだ。
香具師の三吉から、三人の刺客が仏になった、と聞いて、福助は怒り狂った。
「なんだとっ。返り討ちに合って三人が殺られただとっ。相手は誰だっ」
「それが、わからねえんで・・・」
福助の前で三吉と茂平はうな垂れた。
三吉と茂平に、福助はぺっと鰯の骨を吐きだした。
「おめえら二人で、三人を見張ってたんじゃねえのかっ」
「へえ、見張ってました。そしたら、あっという間に、男を囲んだ三人が倒れて、いつのまにか、男が消えてたんで・・・・」
三吉はうな垂れたままそう言った。茂平は下を向いたままだ。
福助が茶碗酒をあおった。
「おめえら、酔ってたんじゃねえのかっ」
「いや、一滴も飲んじゃいねえ」
福助は、こんちくしょうめと思った。俺たちに指示するだけで、てめえで何もしねえくせに、偉そうにしやがって。おめえの縄張りなんか、有りはしねえ。みんな、藤五郎の頭の縄張りだ。俺たちぁ、藤五郎の手下よ。今はおめえに従ってるが、いつか、おめえの寝首を掻き切ってやる・・・。
「じゃあ、男が何者で、どんな格好か、見てねえのかっ」
福助は鰯を食って、また、ぺっと骨を吐きだして酒を飲んでいる。
「見たが、良くわからねえんで・・・」
と三吉。この阿呆、鰯の骨も食えねえ、なまくらだぜ・・・。
「男はどこに居た」
「両国橋西詰めの屋台で飯を食ってた。それから浅草御門の方へ歩いた。
その直後、男を囲んだ三人が殺られた」
「屋台の煮売屋と知り合いか」
茂平が顔を上げた。
「ありゃあ一見の客だ」
「なぜ、そうわかる」
「何も言わずに飯を食って、銭を払って立ち去った。男は一言も煮売屋と話しちゃいねえ」
たしかに茂平が言うように、男は何も言わずに立ち去ったと三吉は思った。
「もしかして、三人は、殺る相手をまちがえたってのか」
福助は握り飯を口に入れた。
「そうとしか思えねえ」
「男は何者だ。探れっ。
いいか、おめえら、藤五郎一味に手を出すな。口の堅い奴に殺らせろ」
福助はそう言って、握り飯が詰っている口へ漬け物を入れた。
「へえ。では、手を回しますんで」
また、全て他人にやらせる気だ。いったえ、金子はどこから手に入れてるんだ・・・。まあ、いずれわかることだ。次は誰に話をつけようか・・・。
三吉は刺客になりそうな者たちを思い浮かべた。
やはり、水戸徳川家の中間部屋がいい。今度は下屋敷を当たろう・・・。
三吉が、吾妻橋を東へ渡った小梅の水戸徳川家下屋敷に思いを馳せると、三吉の思いを読んだように、福助が言う。
「待て。こんどは、下屋敷の中間部屋にたむろする、博打好きな浪人を当たれ。
この吉田屋で、俺が仕事と手間賃を説明する、と話すんだ。
話をつける頃合いは夜だ。
寝てねえんだろう。一杯飲んで飯を食って、寝ておけ」
いつになく、福助の言葉はやさしい。
福助のやさしい言葉に、三吉と茂平はぎょっとした。やさしい言葉をかけて、油断した相手を半殺しにするのが福助の手だ。見張りをしくじった責めを負わせる前の態度なら、今すぐにも、この店を出たほうがいい・・・。
「へえ。そうは言っても、早めに話をつけておきてえですから、あっしは小梅へ行きますんで、これで」
三吉は茂平を連れ、取り潰しになった吉田屋を出た。
「あぶねえ、あぶねえ。飲んで食って、寝込みを襲われたんじゃ、たまったまんじゃねえ」
「思い通りにならねえ腹癒せに、何をしでかすかわからねえ奴だからな・・・」
茂平も三吉に同意している。
「飯を食って、ひと寝して、下屋敷へ行くぜ」
三吉は茂平を連れて、吉田屋がある新大坂町から通旅篭町へ出て、横山町から馬喰町へ歩き、馬喰町で朝から店を開けている居酒屋に入った。昼まで居ると言って、酒と飯と文を書く道具を頼み、二階へ上がった。
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