"崖っぷち"からの  〜宝珠山(山寺)〜

早里 懐

第1話

私は妻に感謝をしている。


何故なら、夏の一人旅を承認してくれたからだ。



今回の一人旅は私の我儘であることは十分に承知している。


この期間は家事を放棄しているわけだし、子供たちの送迎も妻に任せることになる。


言うなればこれは妻に対する甘えでもあるし、妻ならば許してくれるだろうという身勝手な考えでもある。


私の頭の中にはそんな思いが巡っていた。



常識で考えればこんなことは許されないはずだ。


子育てだってまだ終わってはいない。


仕事以外で全ての家事を妻に任せっきりで家を空けるなど、家庭を持つ父親として許されざる行為である。


どんな理由があるにせよ、このような行いは言語道断である。


自分自身に対して嫌悪感すら抱いてきた。



そんなことを考えていると急に胸が苦しくなり今の思いを吐き出したくなった。


自然と声になるのはきっと懺悔の言葉だろう。


私はカーウィンドウを開けた。


そして叫んだ。











「イェーイ!!登山遠征だーーー!!」


「妻さんありがとーーーーーー!!!!!」



ということで、合計10回にも及ぶ協議会を重ねた結果、見事にこの夏の一人旅について妻から承認を得ることができた。


何度も崖っぷちに立たされた。

とても困難な道のりだった。


私はせっかく与えていただいたこの2日間を有意義なものとするために、綿密にスケジューリングを行った。


さあ。Summer Vacationのスタートだ!!




1日目に向かったのは山形県山形市の観光名所である山寺だ。


何故この場所を選んだかというと、この場所は旧友が一度訪れておりまさに眺望絶佳であったと絶賛していたからだ。


その空間に私も身を置きたいと思いこの山寺を第1のポイントに据えた。


近くの有料駐車場(1日400円(平日は300円))に車を停めて歩き出した。


始めは両サイドにお土産屋さんが立ち並ぶ道路を歩く。


何故だかこういう道はワクワクする。


しばらくすると登山口に到着した。


ここからは延々と石段を登っていく。


道中のほとんどは日陰であるがとてつもなく暑い。


しかし、立派な山門や協議会における私の崖っぷちさを表すかのように崖スレスレに建つ社などを見ながら歩いていると暑さよりも感動が勝る。


まさに眺望絶佳だ。


とても良い時間を過ごすことができた。



また、奥の院までの道すがら、芭蕉がこの地を訪れた際に残した句が石碑に刻まれていた。


「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」


私はこの句を読んで驚愕した。


それは、この旅についての第1回協議会の内容を受けて私が詠んだ句と酷似していたからだ。


「一人旅? 胸を突き刺す 妻の罵声」



明日はこの旅のメインイベントだ。

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