泳いでいた女性
ミムラさんがまだ幼稚園児だった頃の話なので、目の前のいい年のおじさんを見るに結構な前の話になるのだろう。彼には未だに納得のいかないことがあるそうだ。
「気が付いたのは随分後になってからなんですが、まあ聞いてくださるそうなので」
彼がまだ幼かったころ、近所の川は格好の遊び場だった。まだテレビゲームは原子力発電所の広報に使われていたような時代だ。いまならゲームの方がまだ安全だからそっちにしろと言われるような話だが当時はいろいろ緩かったらしい。子どもを無理に押さえつけてもという考えもそれを後押ししたらしい。
見知った顔数人で半ズボンで川に入る、当然濡れるわけだが、当時は電子器機など少なく、子どもがそうそう持っているものではなかった。スマホどころか携帯電話以前、いや携帯ゲーム機すらとても珍しかったころのことだ。
気持ちよく水遊びをしていたら、友人の一人が『誰かあっちにいるみたいだぜ』と言った。指さす方を見ると確かに大人……おそらく女性であろう人が綺麗な姿勢で泳いでいた。
なるほど、小学校からは泳ぎを教わってあのくらい泳げるようになるのだろうと思いながら魚を捕りに網を突っ込んだりしていた。
しばし遊んでいると、友達が『あの人こっちに泳いできてないか?』と言い始めた。確かにさっきより距離が詰められている。ただ、川幅が有限なのだからこちらに来ることもあるだろうと思っていた。
少しして、その女性が服を着たまま泳いでいることに気が付いた。確かに力の強い大人なら服が水を吸おうが構わずクロールができるのか、そんな事を考えていた。
皆やることもなくなってきて解散となった。その日は別に何があったというわけでもない、奇妙な女性がいたと言うだけのことだ。
話は大学を卒業しての小学校の同窓会まで話は飛ぶ。腹が出てきていたり、目が悪くなっていたり、体調を崩していたりなど、万全とはいかなかったが仲間は全員揃うことができた。年が年だけにそれが当たり前と言えないのが哀愁なのだろうと思う。
そんな時、仲の良かった友人が話を切り出した。
「なあ、あの時の女やばかったよな?」
何の事か分からず少し考えていると、『川で泳いでた女だよ、見たろ?』と言う。話が掴めず頷くとあの時遊んでいた連中が寄ってきた。皆がヤバイヤバいというので『何がおかしかったのか』と訊いてみた。
すると『お前はなにを言ってるんだ』とでも言いたげな顔で言う。
「服を着てたのはまだギリギリ理解できるにしてもあの状況で泳げるか? あの川って一番深いところでも幼稚園児の膝がいいとこなんだぞ?」
そう言われて思いだした。あの川は水深が非常に浅いから親も平気で遊ばせていたのだ。そんな浅さで一体どうやってクロールをしていたのだろう? あの深さでは土をかくどころか身体が地面について動くことさえままならない。一体どうやってあの女性は泳いでいたのだろう。
「結局答えは出なかったんですけどね、あなたはこういう話が知りたいそうですが説明ができますか?」
私にはお手上げなので『不思議で説明が付かないから良いんですよ』と誤魔化すように言っておいた。
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