県内ならヨシ

 コテツさんは大学にいた頃、車絡みで奇妙な体験をして、その結果人間関係がてんやわんやしたと言っていた。不思議な事だったそうなのでお話を伺うことにした。


「なんとも奇妙なんだけどねえ、俺、そのせいで今親と絶縁してるんだよ」


 彼の話は高校を卒業したときから始まる。


 受験とか……まあいろいろあったんだけどさ、その辺はいいじゃん、つまんない話だしな。俺が受けた大学はあの県の最大手でさ、親父もお袋も県外に出て行くな、県内なら学費と仕送りと免許代と自動車までは金を出してやる、なんて言うわけよ。いい親? 冗談だろ、県外に出たら学費さえ自腹で払えって言ってるんだぜ。


 とまあそんなわけで県内では一番大きいとこにいったわけだ。親ってのはよく分からんね、県外の公立に行けばそっちの方がよほど安いだろうに、意地でも俺を外に出すまいと県内の受験をさせられたんだ。


 それで華のキャンパスライフ……とはいかねえんだよな。早速運転免許を取れと金を振り込んできた。金を流用してやろうかと思ったら教習所に入ったことをきちんと写真で送ってこいと言いやがった。ああ、しっかり免許を取ったよ、普通自動車のオートマ限定だがロクに金なんて残らなかった。


 それにしても、来年から忙しくなるからと免許を取れと言ったのかと思ってたんだが、免許の写真を送れとうるさいから隠すところに付箋を貼って写真に撮って送ったよ。そうしたら早速車を用意したんだよ。中古車にしたって早すぎるとは思ったよ。なんでこんなに早いんだと訊こうと思ったら七月には答えを向こうから言ってきやがった。


『夏休みはその車で帰省しろ』だとさ。どうやら俺を支配下に置きたいから免許をそんなに急かしたんだろう。一応サークルには入ってたし、せっかくの長期休暇だってのに墓参りなんて辛気くさい事をするために実家に帰るんだ、嫌にもなるさ。


 金の都合と運転技術の都合で一県丸々下道で横断するハメになったよ。若葉マークつけたまんま高速を走るなんておっかないことが出来るかっての。


 悪態をつきながら朝から車を走らせたよ。高速を使っても半日近くかかるんだよ、そりゃそのくらい余裕は見ておいたさ。それで県をほぼ横断するわけだが、県の中心部に山があるんだよ、その山をのぼりながら『高速を使えばよかった』なんて後悔してた。


 そんな時に道ばたに退色した看板を見つけたんだ、『事故多発中! 注意!』みたいなよくある安全啓発の看板だったな。それから少し行くと今度は『事故情報は警察まで』なんて看板があった。その看板はボロボロで色あせてたんだが写真付でな、どことなく今乗っている車に似ていたんだ。


 似ているだけだと思いながら運転していると靄に包まれてそれを抜けたら実家だった。まだ日が高いんだ、時計を見たらまだ午前中だよ。親もよく帰ってきたなって言うんだよ。たぶん昨日から走ってたと思われたんだろう。


 親にちょっとパチンコでも打ってくるといって車を走らせて警察署まで行ったんだ。言い訳する必要は無かったかもしれないが、あの時親に言いたくはなかったんだ。


 で、警察に車を調べてくれないかと言ったらあっという間に応援が来たよ。ご想像の通り事故車で、おそらく手配されていた車だろうって話だ。


 警察に車は引き渡して、実家には仏壇に線香だけあげてアパートに帰った。電車でも帰れたのが幸いだったな。


 呆れたのが親はあの車が事故車なのを知っていて安いからというだけの理由で俺に押しつけたらしい。


 親との関係は最悪、俺だってムカつくものはムカつくからな、こうして卒業したらさっさと都内に来たって訳さ。


 ああ、謝礼をくれるって話だったな、ついでにビールの注文していいか?


 私はそれに頷くと、彼に『運転はしないでくださいよ』と念を押した。すると彼は、『俺があの時車に乗っていたとき後部座席の方から子供のうめき声なんてものが聞こえてたんだぜ、金をもらっても運転はゴメンだね』と言い、一気にビールをあおって居酒屋を出て行った。


 私は確かに彼の経験も怖いのだが、彼の両親の執念にも一抹の恐ろしさを感じた。

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