パワースポットが呼ぶ
キタムラさんがパワースポットにいったときの話だそうだ。
「いやあ……暑かったから日陰の涼しそうなところに行ったんですが、とんだ災難でした。というか私は自分の意思で行ったんでしょうか? 今ではそれも自信がないんですよ」
彼の話によるとこうなる。
夏の気怠い日、エアコンの無い部屋にうんざりしていた彼は何処か涼みに行きたいなと思ったらしい。そこで何故か思い浮かんだのが滝だったそうだ。涼むだけなら図書館やスーパーに長居するだけで良いはずだが、何故かそのときは避暑地のような場所が思い浮かんだという。
思い立つが早いか、早速彼は交通費くらいを持って出かけていった。よく考えてみればそこまで結構な交通費がかかるのに、迷うことがなく行こうと思ったのは説明がつかない。とにかく彼はそこへ向かった。
電車の中でパワースポットで良い気分になれるかなあなどと考えていた。少なくとも都心よりは涼しいだろう、暑くてかなわないところから自然溢れる場所に行くのだからきっと心地良いだろうと思っていた。
そこは自死を選ぶ人が時々訪れるので有名な場所だった。涼みに行くならもう少し気分の良い場所があるはずなのだが、当時はそれ以外思い浮かばなかったそうだ。
電車を降りてしばし観光地を歩いていくと、荘厳な滝が現れた。熱気はそれほど変わらないものの、滝があるというだけでなんとなく涼しいような気がした。実際どうかはさておき、暑苦しい場所から逃げてきた彼の気分を良くするには十分だった。
ひとしきりあたりを見て回り、買うものを買ったら滝を見物していた。観光地になっているだけあってそれなりに人がいる。
そのとき、滝壺になにか影が見えた。ぼんやりと浮かんだそれは、水の上に立って彼を手招きした。人型の影が何故あそこにあるのかは疑問に思わなかった。ただその影が疲れ切っていた彼には『楽になろうぜ』と言っているように思えた。
それを良いアイデアだと思い、滝に向けて一歩一歩と歩いていく。コンと柵にあたったところで我に返った。自分は何故滝に飛び込もうとしていたのか? 滝から飛び降りるならともかく、服を着て滝壺まで泳ぐなど正気の沙汰ではない。背筋に寒いものが入ったので滝壺を見ないようにしながら滝から離れた。
そうして気が付くと電車に乗っていた。そこまでの記憶は飛んでいる。ただ、あそこに居たらマズいとの一心だけで逃げていた。
帰宅して、どうしてあそこに行ったのか考えたのだが、どうしても説明がつかない。そもそもあの滝はいろいろな意味で有名になって、心が不安定な人が行くような所では無かったはずだ。いくら自分がメンタル的に健康であっても進んでいこうとは思わない。
ただ、なんとなくではあるが、滝壺にいた影があの滝からはるかに離れた自宅まで手招きをしているような絵が思い浮かんで怖くなった。さっさと寝て起きると、昨日行った滝への道がどうして分かったのだろうかと気が付いた。当時にスマホは存在していない。早々気軽に道案内があるはずもないのにどうやってあそこまで道案内もないのにたどり着けたのだろう? その理由はあまり考えたくはなかった。
「これだけの話ですよ、特別何かがあったとかそう言うものではありません。ただの昔話です。ただ……そういった意味で有名になる場所にはそれなりの理由があるのかもしれませんね」
キタムラさんは寂しそうにそう語った。時代の流れと共にそこはドンドン普通の観光地となっていったそうだ。
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