台風と悲鳴

 その夏は大型台風が来るとかなり前から話題になっていた年だ。物部さんの家もご多分に漏れず台風の対策をしていた。雨戸を閉め、屋外に置いていた自転車を玄関に入れ、準備が終わったら玄関にガラスの飛散防止フィルムを貼った。


 どこまで効き目があるのかは分からないが、気休め程度にはなるだろう。そして台風は予報通りに彼の住んでいる地域に向かって進んできた。備蓄の水と食料をチェックして、台風が来ることに怯えながらも、全員がリビングに集まって寝ることにした。そこはいつでも逃げられるようにしてあるので、もしも川が氾濫などしたら大急ぎで逃げられる準備もしている。


 そうして台風を待ち構えていると、轟々と風が吹いてきた。明かりはともかく、テレビなどは雷によるサージ対策にコンセントから抜いて問題無いプラグは抜いてある。


 気休め程度だろうが出来ることは一通りしている。家族そろってリビングで不安になりながらもうつらうつらと眠りについていった。家族がどんどん寝る中、家主の彼は気を抜かず、どこかに異常があれば駆けつけられるようにコーヒーを飲みながら寝ずの番をしていた。


 不安なのか時折起きる息子と娘をトイレに連れて行き、きちんと水が流れることを確認してから安心して寝かしつけていった。一応一家の大黒柱として不安の感情はおくびにも出さず、心の中で不安に思いながらも家族を見ながら避難指示が出ていないか確認していた。


 そんな時『ぎゃー!!』と喚くような悲鳴が二階から聞こえた。とっさに家族を確認する。誰も欠けてはいない、では今の悲鳴はなんだ? そう思っていると家族全員目を覚まして、さっきの悲鳴はなんだという話になった。


 落ち着かないので仕方なく全員で二階を確かめることになった。彼が息子の野球用金属バットを持ち、先頭に立って不審者にも対抗出来るように構え怪談を上った。そして襖を開けたのだが、誰もおらず、中は真っ暗だった。まだ電気が通っているので明かりをつけて部屋を見るが、誰かがいる様子は無い。一応押し入れ等も開けてみたが誰もいるような雰囲気はない。それで気が抜けてそのまま隣の部屋も調べた。


 当然誰も見つからず、じゃあ今の悲鳴はなんなんだという話になったが、二階で家族が話し合っている時にガチャンと大きな音がした。悲鳴など忘れて音のところに全員で向かうと、リビングのガラスが割れて飛び散っていた、急いで底の熱いスリッパを履いてリビングに入ると、窓が大きく割れていたので非常用に準備していた木の板をダクトテープで固定してひとまずの応急処置は終わった。


 そして濡れたものは仕方ないが、ガラスは片付ける必要がある。割れたガラスを片付けていて、ふとあの時あのままリビングに残っていたらどうなっただろうと、切れ目の鋭いガラスの破片を片付けながら思った。


 そうして台風が去り、後始末を終えて周囲にも結構な被害が出ていたが、彼の家は割と軽微な方だったと言える。


 ガラスは後日直すということで、一家は日常に戻っていったのだが、彼はその時にふと、二階には仏壇があったなと思いだした。


 台風が去ったので出社することになったのだが、その前に彼は仏壇の水とお供え物を交換しておいた。そういえばあの悲鳴は子供の頃『おばあちゃーん』と泣きついた時に優しく諭してくれた祖母の声に似ていたなと思った。


 それ以来、今のところは彼の家は平穏無事に建っている。ただ、彼の日課に仏壇の手入れが入ったことが変わったことと言えるだろう。

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