思い出の味

 丸戸さんは、夏になると忘れられない思い出を思い出すそうだ。


「どのようなことを思いだしたのでしょうか?」


「大したことではないんですけどね、小学校の夏休みを思い出すんですよ」


 彼による話はこうだ。


 夏休み、両親の実家へと一泊するのはお決まりのイベントだった。祖父母はどちらも甘やかしてくれたので、当時は人間関係など深く考えていなかったので素直に楽しむことが出来たそうだ。


 そして泊まりに行くと、お菓子をたくさん用意してくれていたらしい。彼の母は、あまりそう言ったお菓子を買ってくれなかったのだが、祖父母は『喜ぶから』と大量に用意してくれていた。無論母親はいい顔をしなかったが、祖父母にたてつけるほど度胸があったわけでは無いので彼はたっぷりとジャンクな味を楽しんだ。


 しかも近くにハンバーガーチェーンがあるので、そこに連れて行ってもらうのも楽しみだった。小学生なんてそんなものだと彼は言う。


 父母どちらの実家もなかなかに甘やかしてくれたので、夏休みが楽しみで仕方がなかった。


 それからある日の夏休み、朝起きて朝食を食べようとキッチンに行くと牛乳とパンのシンプルな朝食が置いてあった。出来ればもう少し何か欲しいんだけどなどと思いながら食パンをかじって牛乳を飲んだ。その時甘い味がした、いや、牛乳の甘みなどではない、まるで牛乳がアイスクリームのように甘かったのだ。その時、牛乳に砂糖でも入れたのかと不思議に思いつつ食事を終えて本でも読もうかと部屋に帰っていった。


 しばし本を読んでいると部屋に両親が血相を変えて入ってきた。ただ事ではないぞと思いつつ、「なに?」と聞くと、彼の祖父が倒れたので病院に行くという話だった。


 大急ぎで家族総出で病院に行ったところ、もう意識の無い祖父と、すすり泣く祖母がいた。一応最後に立ち会うことは出来たが、やはり悲しいものは悲しかった。


 そして思い出した、祖父はいつも泊まりに行くといろいろなアイスクリームを『好きなのを食べていいぞ』とぶっきらぼうに言っていた。


 一応祖父の最期に立ち会ったわけだが、実際は祖父が朝、牛乳の味を変えたのではないかと思っている。祖父が実際に亡くなったのは朝、あの変わった牛乳を飲んだ時なのではないかと思った。


 そして一通りの葬儀を済ませた後普段通りの生活が始まった。大して変わらない生活だが、八月になると変わったことがあるという。


『時々ね、あり得ない味がするんだ。水がジュースみたいに甘くなったり、豆腐からお肉の味がしたりするんですよ。決まって祖父の命日にです。多分忘れないでくれって事なんじゃないかと思っています』


 彼はそれなりにいい思い出です、と最期に話を締めくくった。

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