吸われる
古部さんの地元では、夏休みにプールで泳ぐのが夏休みの課題の一つになっていた。まだ今ほど暑くなかった頃のことだ。
昔は夏のプールはエアコン代わりの涼しいイベントの一つだった。暑苦しい部屋から出ていって涼しい水に飛び込む、それは大変な心地よさだったという。
「基本的に楽しみだったんですけど、小学校の卒業前に少し嫌な事件がありまして……」
その件の体験者は古部さんだそうだ。その日はプールの開放日ということでしっかり準備をして学校へ向かった。途中、B、C、Dとも合流して仲の良いグループで泳ぎに行った。現代ならばエアコンが標準であって、わざわざ水に浸かろうなんて思わない子も多いが、当時はエアコンを子供部屋につけるのは贅沢だったので、涼むチャンスはそれほど無かった。
「皆でプールに行ったんですけど、なかなか空いていましたね。曇り空だったせいですかね? まあそうしてプールに行ってスタンプを押してもらい、仲間内で水遊びが始まったんですよ」
クロールで何周も泳いだり、ぷかぷか浮いたりもしましたが、それなりに疲れると、プールに揺蕩いながらくだらない話をしていました。
「くだらない話をしていたんですが、突然誰が一番長く潜っていられるかなんていうチャレンジをしようという話になったんです。僕も肺活量が多い方ではないですが、所詮は遊びですからね、成績に反映されるはずもないしと全員でチャレンジしたんです。今じゃ後悔しているんですがね……」
プールの中に頭から潜りました。全員が沈んで息を止めています。真っ先に僕が音を上げて浮き上がろうとしたんです。しかしプールの底に着いた手のひらが、底に吸い付いて離れないんです。吸水口でも塞いだか? そう思ったんですが、とにかく上がらないとなりません。必死に手を引くんですけど、ピッタリとくっついて離れないんですよ。
その辺で一緒に潜っていた連中が異常を感じて僕の身体を全員で力一杯引き上げたんです。流石にそこまですると床から手が離れて浮かび上がれたんです。
そうして水から上がったんですが、肩で息をしながら『何があったんだよ!?』と質問攻めにされたんです。そこで『吸水口か何かに吸い付いたんだ』と言ったんですが、その時の一人がプールに潜ってさっき溺れそうになっていた場所を見たんです。何も無かったと言っていて、嘘だろと思いつつ自分も覗いてみたんですが、そこは何の変哲もない底があるだけでした。一体何に引き込まれそうになったのかは恐ろしくて考えないようにしました。
とにかくプールに通うというノルマはクリアしたので後の夏休みは暑いのを我慢して部屋か外で遊んでいました。水辺には近寄らなかったですね。
結局アレがなんなのかは分かりませんが、良いものではないのは確かでしょう。もう関わりたいとも思わないんですけどね。
そう言って彼は話を終えた。ちなみにお風呂の排水口さえ嫌いな彼だが、なんとか社会生活は出来ているらしい。
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