暑がりな人

 夏の真っ只中、不運にもイヌイさんの家のエアコンが故障をしてしまった。冷房を掛けても室温の風しか出てこない。どこが悪くなったのかはともかくとして、真夏にこの状態では冗談ではなく命に関わるため、近所の家電量販店に急ぎ、即決でエアコンを買った。


 当然だがエアコンを買えたとしても工事が必要になる。交換工事が出来るのは一週間後だと言われてしまい、失意を感じつつ他に手はないので工事を頼んで帰宅した。


「まあこの話はほとんど怪談じゃないので話半分に聞いてください」


 彼はそう言って私相手に話を続けた。


 エアコンの工事は出来るが、それまでどう過ごすかが問題だ、昼間は会社である程度過ごすが、このご時世に生活残業の名の下に不必要に働いたりすればむしろケチが付いてしまう。仕方ないので自動車のエアコンで涼みながらエアコンの効いたスーパーや量販店で時間を潰し、夜はネットカフェに泊まることにした。ネカフェも生活の場ではないのでそういった行為は好かれないが、緊急的なものなので申し訳なさを感じつつ使わせてもらった。


 この生活でも案外なんとかなった。金曜までは昼間は出社しているので冷房の心配は無い。問題は土日を挟んでしまうことだ。休みの日に無駄に出社させてくれるほど会社は残業代を出す気はない。そこで各種店舗のはしごをしてなんとか時間を潰していく。ちょうど住んでいたのがある程度の人口を持つ市だったので大型店には困らなかった。


 ただ……流石にただで長居させてもらうのも気まずく、店員に声を掛けられたら何かを購入していた。おかげで本が数冊とシャツが一着、それとブロードバンドルーターが一台車に追加されていた。ルーターなんてもうあるので必要無いのだが、その店で朝から長居をし続け、夕方に声を掛けられてしまったので気まずさに耐えられず商品で悩んでいたと言ってしまい、結果高い買い物をする羽目になってしまった。


 そして工事予定日に有休を取り、業者の人が車で自動車内でエアコンを効かせながら待った。しばし待つと電気店のマークの付いたトラックが来たので家に入って工事に来てくれた人を歓迎した。それから工事が始まったのだが……何故か業者から呼び出された。


 彼ら曰く、普通の壊れ方ではないそうだ。いや、壊れたのではなく壊したのではないかと言われてしまった。どうやら冷媒を通す管が何かの刃物で切られた後があるらしい。自分は知らないとハッキリ言って工事を続けてもらった。


 工事が終わり、業者の人が帰った後で急いで家の中をひっくり返してなにか無くなっているものが無いか確かめた。その結果、小物が数個と彼の個人情報を入れていたUSBメモリがなくなっていることが分かった。後者には幸いなことにテストデータとして作ったものなので、彼のデータ以外はダミーとなっている。もし元データを入れていたらと思うと冷たい汗が伝った。


 そして家の中を探している時不自然なものを見つけた。灰皿に黒いものがある。タバコの灰にしては色もおかしいし、形がタバコから出たものには思えなかった。僅かに燃え残っていたところをつまんでみると、それが写真であることに気がついた。


 不自然なタイミングでエアコンが故障し、外泊を余儀なくされた、そして彼の私物と個人情報が漏れた、その事で真っ先に思い浮かんだのは元カノだった。就職の時に手切れ金を渡して別れようとしたが随分渋られたので、半ば押しつけるようにお金を渡して引っ越したのだ。


 このことを警察に言うこともできたのだが、それをすると自分の醜聞が嫌でも知られてしまうので結局鍵を付け替えて、エアコンの室外機とそれ以外のところにもスマホから確認出来る監視カメラを付けておいた。


「と、コレが怖い話なんですよ」


「なるほど……確かに怖いですね」


 その時自分がどんな顔をしていたか分からない、さぞや失望した表情をしていただろうが、怪談と聞いてストーカーの話をされれば失望だってするだろう。そう言うのは探偵か警察に頼んで欲しいことだ、あるいは警備会社と契約するナリするべきで、私に話すのは違うのではないだろうか? そんな疑問を見透かすようにイヌイさんは言った。


「その元カノ、俺が無理矢理別れてから少しして精神を病んで入院してるんですよね。未だに出てきていないはずなんですが、本当にどうやっては行ったのか理解に苦しみますよ」


 結局最後まで怖いのは人であるという話に着地した。あるいは元カノが何かの超能力や幽体離脱でも出来れば怪談として立派になり立ったのではないかと、思わず愚痴りそうになったが、お礼を言うと、彼は満足げにしながら帰っていった。果たして本当の被害者は元カノなのか、無理矢理別れた彼なのか、あるいは怪談でもないだろう話を聞かされ謝礼を払った私なのか、よく分からなくなる一件だった。

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