柵が無い
その県の用水路は柵も無いのにその辺に普通にあるらしい。危険だとは思ったが、離してくれた土田さん曰く、地元民はほとんど知っているから近寄らないのだそうだ。
そんな用水路が普通にあるところでどうにも嫌な体験をしたらしいが、その件で自分がいくら気をつけていても無駄なことはあると知ったらしい。
「どうにもね……ただの人が誰かを助けるなんて出来ないんですよ。それにしても見たくない光景でしたね」
「なにを見たんですか?」
「やはりそこから説明しましょうか」
その日は晴れていて、降り注ぐ日光のせいで暑い真夏のことだったんだよ。その日は俺もクソ暑いので学校まで急いでたんだよ。あ? 俺が高校に行っている姿が想像出来ない? バカ言うな、俺だってボーダーフリーの高校くらいには行けたよ。
とにかく熱い日だったんだ。暑い中歩かされていると、道の脇に爺さんが立ってたんだよ。それだけなら気にもしないんだがな、その爺さん、びしょ濡れだったんだよ。そりゃそういう目に合うこともあるだろうさ、でもその爺さんは家に帰るでも無く、ただそこに突っ立っているんだよ。
こっちはクソ暑いのに一々構ってられるかと冷房の効いた学校へ急いだんだ。幸い教室にエアコンがついている程度には設備がしっかりしていたからな。
学校に着くと教室に入って涼んだんだ。生徒でも自由に設定を弄れるところに操作パネルがあったから悪乗りして十八度にしてたな。ああ、エコだなんだって言っている連中が聞いたらキレそうな設定温度だよな。まあそのおかげで涼しかったわけだよ。
それから高卒の資格を取るためだけに授業を聞いて、まあ右から左へ聞き流したんだが、とにかく授業を受けたんだよ。
それで放課後になったので家にさっさと帰ろうと、家路を急いだんだが、朝来た時と同じ場所に爺さんが変わらず立っていたんだよ。このクソ暑いのに朝とまったく同じで立っているのを見ると不安になったんだ。
その時、一瞬空が陰った時、雲が太陽の下を通り過ぎたら爺さんは綺麗に居なくなったんだよ。おかしいなと思いながら爺さんが立っていたところに近づいてみたんだ。
そこで彼は一つため息をつく。
「なあこの辺で説明はいいか? あまりその先のことを言うとこうしてせっかく奢りで食っているメシが不味くなるんだ」
なんとなく予想はついた。しかし一応最後まで聞かないと話にならない。
「出来れば伏せられるところは伏せて話していただけませんか?」
「あんたも好きだな、まあ怪談なんて集めてる時点でそんなもんか。なに、退屈で良くある話だよ。
その用水路を覗くと、何かぼろきれのようなものが引っかかっていたんだ。それがとんでもない悪臭を出していた。それが何だったのかは言わない方がいいだろうな、つまりはそういうものだったよ。
それから警察だのなんだのと面倒な手続きがあったよ。一応救急車も呼べって言われたな。救急車でどうこうなるレベルじゃない気がするんだがな。まあそういう決まりなんだろう。
それで一通りの話は終わりなんだが、退屈だったろ? 現実の怪談なんてそんなものだろ。
「いえ、貴重な経験を話していただきありがとうございます」
「貴重な体験……ね、体験しない方が幸せな体験だと思うがな」
そして私は最後に一つ聞いてみた。
「それで、用水路に柵などはされるようになったんでしょうか?」
「ああ、そこら一帯は柵をつけたみたいだが、税金は有限だからな。出来るところだけは柵をつけたらしいよ。公務員様からすれば知ったこっちゃないんだろうな」
どうにも後味の悪い話で終わってしまった。ただ、今ではそれなりに柵を設置巣のに税金の投入を決めたとスマホで見た資料には書いてあった。
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