ホットでお願いします

 その日、有名なカフェで話を聞くことになっていた。外の暑さに汗をかきながら約束のカフェに着くと私はアイスコーヒーを頼んだ。それから少しして今回話を聞く矢野さんがやって来た。


「よろしくおねがいします」


「こちらこそ、今回はお話を聞かせてくださるそうでありがとうございます」


「いえいえ、コレも誰かに吐き出したい話題ですからね、構いませんよ。あ、ホットコーヒーお願いします、ミルクと砂糖たっぷりで」


 私は少々驚いた、外の気温は三十度を優に超えている。いくらここが冷房が効いているとはいえ、よくホットドリンクを飲めるなと思った。


「ホットで構わないんですか?」


 念のため再度訊ねる。機嫌を損ねたくないし、値段が変わらないならアイスコーヒーでいいのではないかと思ったからだ。


「いえ、私は冷たいものが飲めないんですよ。それも含めてお話ししますね。


 そうして彼女の話が始まった。


 始まりは夜遅くまでお仕事をしてきて疲れ切ってアパートに着いた時のことです。その日は暑かったし疲れていたので冷蔵庫から自分で淹れていた麦茶を湯飲みに入れてゴクゴク飲もうとしたんですよ。一口飲んだ時に唇に変な感触を覚えたんです。


 湯飲みの中をよく見ると、ごつい親指がそこから生えていたんですよ。怖くなってお茶を全部流したんですが、そうすると中に指なんてないんです。気のせいかなと思ってもう一度麦茶を注ぐとやはり指があるんです。怖くなったんですが喉は渇いていたんですよ。


 そこでふと思ったんですが、この指が唇に触れた感触があって、人間の指にしか見えないんです。そうだとしたらと思って、紅茶のティーバッグを入れて、ポットから熱湯を注いだんです。そうすると指は消えていました。どうやら人間の指と同じように暑さには耐えられないようでした。


 それで全部解決となれば良かったんですけどね……それからも時々冷たい飲み物が出されると指があるんですよ。だから安易に対策出来る熱い飲み物しか頼まないようにしているんです。


 以上が怪談だが、なんの脈絡もなく指が出てくるというのは少し奇妙に思えた。


「その指に心当たりはあるんですか?」


 そう訊ねると、彼女は苦々しい顔をして言った。


「あるんですよ……多分アレはかなりクソだった元カレの指だと思っています」


 心当たりがあることに驚いたがそのまま続きを聞いた。


「当時は私も深く考えていなかったんですけど、どうもアイツは女とみれば見境なく手を出すような男だったらしいです。私も遊ばれた一人なんですが、別れてしばらく経ってから噂を聞いたんです。その噂もアイツに遊ばれた子たちから話が流れてきたんです」


「何か恨みを買うようなことでもあったのでしょうか?」


「いや、そう言うんじゃないです。その男なんですけど、本当に見境がなかったので、その筋の人にも遠慮なく手をつけたらしいんですよ。その結果けじめをつけられたんじゃないかって噂がまことしやかに流れていました。本当か嘘か確かめる気はないですが、本当だったら少しだけスカッとしますね」


 そう言って笑う彼女を見て、私は余計なことまで聞かない方が良かったと思ったものの、聞いてしまったからには話を残しておくことにする。

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