緑豊かな樹木
エミさんが子供の頃、ちょっとした事件があったそうだ。
それは夏の盛り、日が良く当たるはずの頃の話だった。彼女の家は縁側が見事に陰っていた。
その原因は隣家の木にある。今までそこまで気にならない葉もあまり付かない木だったのだが、ここ数年で突然成長して葉が繁り、周囲に日陰を催していた。
「家族は木に肥料や栄養剤を使ったのだと思っていました。ただ、私たちの住む家にも枝が伸びてきていたんですよ。落ち葉もそうですが、日当たりの悪さもなかなか悪いものでしたね」
法律のことはともかく、エミさんの父親は血の気が多く、隣の家にあの木をなんとかしろとクレームを入れていた。しかし隣は隣でのらりくらりとクレームをかわしていた。その年の夏、縁側に座っているのに隣の木のせいで景観が悪くなっていることにエミさんの父がついに切れてしまった。
その木はそれほど高いところに枝があったわけではないので、脚立を用意してノコギリで土地の境界からはみ出している部分をギコギコと切り落としてしまった。
それを今では禁止されている家の庭で野焼きをして燃やしてしまった。
当然、隣家が文句を言いに来たのだが『野放図に木を伸ばしている方が悪い、出るとこに出ても構わない』と父親がハッキリ言うと、その家族も文句を言えないようで、すごすごと帰っていった。不思議だったのは『出るとこに出ても構わない』と言われた途端彼らの顔から血の気が引いていたことだ。何故そんな顔をしたのかは分からないが、とにかくその言葉がきっかけで隣家とは没交渉になった。
そして一旦平和がやって来たのだが、数日後の真夜中に苦痛の叫びで目が覚めた。エミさんが隣を見ると父親が苦痛に顔を歪ませていて、母親も困り果てている。父は『腕が痛い! 助けてくれ!』と言っていたが、その腕には傷一つ付いていない。しかし傷が見えないからと言って、何か大きな病気の前触れだったら困るということで救急車を呼んで病院に行き、精密検査となった。
その結果はどこにも原因が見つからなかった。いや、病院は一つの診断を一応下した。医師は精神的な問題でしょうと睡眠薬と、抗うつ剤を出した。
父は納得していない様子だったが、原因が無い以上引き下がるしかない。検査が終わって退院すると薬を飲みながら眠ったのだが、相変わらず目を覚まさないだけで、寝言で苦しいと言うのは変わらなかった。
事態が変わったのはそれからしばらくしてからのことだ。
ある日エミさんが家に帰ってくると隣家にパトカーが止まっており、警察官が何かごそごそしていた。何かあったのかと思いつつ自宅に入ると、父親が『嫌なものを見るかもしれないから今日は家から出るな』と言われてしまった。
そしてそれからすぐ、隣の家は空き家になり、家族は夜逃げ同然で消えてしまった。それと同時に父親がうなされることもなくなった。当時はそれだけのことだと流されたのだが、彼女が成人してから何故ああなったのか説明をされた。
「あの家はな、樹木葬をやっていたんだ」
今でこそ珍しくない樹木葬だが、当時はほぼ無かった。とはいえそれが何の関係があるのかと考えていると、父親は説明した。
「あの家の木は覚えてるだろ? 樹木葬と言ったが要は遺骨をあの木の下に埋めていたんだよ」
エミさんは黙って顛末を聞くしかなかった。どこかから漏れた話で捜査が入り、勝手に遺骨を庭に埋めたということできちんとした手続きをさせられたそうだ。
「あの後すぐあの木が枯れたのは覚えてるだろ? アイツら、人間を肥料にしようとしてたんじゃないか」
父親はゾッとするような予想を言った。なんにせよ、エミさんの父親はそれ以来うなされることも無く、睡眠薬ももう飲んでいない。木を切ったということは人間を栄養としていたものを切ったから呪われたのではという不気味な思いが浮かんだが、わざわざそれを言って不安がらせることもないだろう、それにその事は父も知っているはずということで、その件はそれで終わりとなった。不気味極まりない話ではあったが、今ではエミさんの父母は実家で元気に過ごしているらしい。
ただし、隣の家の件はほぼタブーになっているので今では話題にも上らないそうだ。
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