16.キリシたんの素顔

上位チャット:ところで、キリシた……お面ライダーは?

上位チャット:あ、それ気になってた

上位チャット:朝の配信のあと、どうなったの?


「キリシたんに『まともな格好するまで配信禁止』って言われたところまでは話したな?」


上位チャット:聞いた

上位チャット:キリシたんって言っちゃってるw

上位チャット:聞いたけど、そこももう少し詳しく


「じゃあ、その辺りから話す」


        ◇◆◇


「消えた」

「消したのよ!」


 キリシたんに電源ごと配信を止められてしまったノートパソコンが、ぴゅうんと鳴いてシャットダウンした。


「あんたの国はどうか知らないけど、配信で性的発言はご法度はっと! 覚えなさい!」

「俺、日本人だけど」


 お面を取ったキリシたんは、太陽を睨んで腕で汗を拭った。

 まだ朝だとはいえ、気温は二五度を超えている。そんな中で自転車を飛ばせば暑かろう。


「タオル使うか? 新品のやつあるぞ」

「いいの? じゃあ、ありがたく借りるけど……用意するなら、まず服を用意しなさいよね」

「ない」

「どんな生活送ったら、服がなくなるのよ!?」

「男物で足りたからな」

「まともな女物はないわけ?」

「ない。ぱんつもだぞ、ほら」

「な、何見せてんのよ! ……うわ、本当じゃないの」


 頭を抱えるキリシたん。見ていて気付いたが、彼女はだいぶ若い。大人というには顔立ちが幼かった。

 細い眉に、意志の強さを感じさせる吊り目がちな大きな目。化粧をした様子もないのに白い肌に、唇の朱がよく映えている。まだ美人ではないがいずれ美人になるだろう、と思わせる少女だった。


「はぁあ……あんたが役作りに全力を投じてるのはわかったけど、限度ってもんがあるのよ。まともな格好するまで配信禁止。いいわね?」

「わかった」

「いい返事ね。あたしは霧島恵きりしまめぐみ。よろしく」

「俺は――」

「ああ、いいわよ。カメラ回ってなくてもそこまでするんなら、本名、名乗る気ないでしょ?」


 名乗りは遮られてしまったので、握手だけ。


「キリシたんは家近いのか?」

「そうよ。急にあんたが見覚えのある河川敷で危なっかしい配信始めたから、歯ブラシでノドを突きそうになったわ」

「心配掛けたみたいで悪いな」

「そのくらい、気にしないでいいわよ。さっきも言ったけど……あたしが《ガンフィールド》の弓で一番にならなくても、子羊はそっぽ向かないって教えてくれたこと、感謝してるから」

「そうか」

「ええ」

「よかったな」

「……ええ」


 少々の静寂。ぬるい風が俺とキリシたんの間を通り抜けた。


「ねえ、エルフ」

「ん?」

「あたし、《ガンフィールド》の弓だけじゃなくても、いいらしいのよ」

「そうだな」

「だから……またコラボしない? 今度は違うゲームで。あ、でも、あたしの事務所の都合もあるからエルフのギャラが出るか――」

「いいぞ」

「……いいの?」


 不安げに見上げるキリシたんの髪をくしゃっと撫でる。


「俺は《ガンフィールド》じゃ負けたからな。リベンジしたいんだ」

「あはは。ありがと、嬉しいわ」


 それでキリシたんの顔から曇りは去ったようだった。


「ねえ、エルフ」

「ん?」

「もし暇なら、これからあたしと――」


 ぴろりんぴろりんぴろりん


「……ごめん、エルフ。ちょっと出ていいかしら?」


        ◇◆◇


「ってところで、キリシたんの事務所から電話が掛かってきてな。百面相をしたのちに、『まともな格好するまで配信禁止』ってもう一度念を押して、事務所に行ったぞ」


上位チャット:デートの邪魔をされたキリシたん

上位チャット:商店が開く前の朝。服がないエルフ。ご近所のキリシたん。すべてわかりましたよ……おうちデートの流れだったんですね!

上位チャット:まあ、昨日勝手にコラボして今日も大騒ぎしたし

上位チャット:朝一番で呼び出しが掛かってもしかたないよな

上位チャット:……あれ? キリシたん、罰せられる流れ?

上位チャット:祈るしかない


「ひどい処分なら、俺は事務所に殴り込みに行くぞ」


上位チャット:男前だ

上位チャット:もうお面ライダーをキリシたんって言っても誰も止めないの草

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