14.消せない記憶

「あんたは服を着なさいっ!」

「着てるぞ?」

「それは着てるって言わないのよ! ほら、これ着る!」

「ぶっ」


上位チャット:着てない呼ばわりは草

上位チャット:出歩いていい格好かって言われるとね

上位チャット:残念なようなホッとしたような

上位チャット:お前ら、さっきまで全力で遊ぶ気だったのにw

上位チャット:それはそれ


 重ね着させられてしまったシャツを調整する。うーん。一枚増えた分、暑いな。


「あんたの国がどうか知らないけど、性的配信は一発BANもあるのよ。気を付けなさい」

「そのお面、何?」


上位チャット:疑問はそれでいいのか?

上位チャット:このエルフ、無敵か?


「Vが顔出ししたらダメだからに決まってるでしょうが」


上位チャット:いやまあそうなんだけど

上位チャット:顔さえ出さなければいいのだろうか?

上位チャット:う、うーん……判断に困る


 昨日の今日で声を聞き間違うことはない。

 お面ライダー、キリシたん。現実の彼女は、修道服に身を包んだ金髪碧眼のアバターとは異なり、夏らしい涼しげなブラウスに膝上までのスカートをまとって黒のサイドテールを揺らす小柄な少女だった。


上位チャット:意外とちっちゃい

上位チャット:前世ありなのに意外と若い

上位チャット:学生か? 大学、いや、高校? 中学ってことはないだろうけど

上位チャット:はいはい、そういうのは言わないお約束だろ


「中の人のこと言っちゃダメなの?」


上位チャット:中の人言うなw

上位チャット:このエルフ、無敵か?


「……あんた、もしかして、あの距離のパソコン画面見て話してるわけ?」

「ん」

「ええぇ……ここまで寄ってもまだ読めないわよ?」


上位チャット:迫 り く る 、 お 面 ラ イ ダ ー

上位チャット:やめてw

上位チャット:草

上位チャット:実際、どうやってんのかな?

上位チャット:エルフ耳の中にチャット欄読み上げるイヤホンを仕込んでるとか?

上位チャット:即座に反応してるから、それはないな


「なんで、中の人のこと言っちゃダメなんだ?」

「夢がないでしょ」

「夢?」

「そう、夢よ」


 パソコンの画面を見ていたキリシたんがこちらに振り返る。


「俳優もアイドルも人間なの。だから、画面の外では、ご飯も食べればトイレにも行く。つまらないジョークも言えば怒ってケンカもする。恋人もできれば結婚もする。彼ら彼女らは、いつでも格好よくはないしいつでも可愛くはない。どこまで行っても人間であることと不可分な存在。……でも、Vは違う」

「ふむ?」

「あたしたちは、設定と共に生まれてきた一途な存在。意思を持った創作の登場人物。だから、カメラが向いていないときも、そのキャラクターは視聴者の想像の中で生きている。視聴者大好きなお姫様なら王宮で傅かれながらファンアート見て笑顔で生活しているでしょうし、遭難した宇宙人なら宇宙船を直そうと常に試行錯誤を続けている。――それは、プライベートで私人に戻る、人間ではできないことよ」


 キリシたんは人差し指を立てて、優しい声で教えてくれた。


「ゆえに、中の人なんていないの。わかった?」

「ん」


 なるほど、それは確かに夢だ。壊すべきではない幻想だ。


上位チャット:見るなって言われてたのに見ちゃった子羊いるぅー?

上位チャット:心が、心が痛い!

上位チャット:信仰に従うべきだったぁああああ!

上位チャット:あああああ、この数十分の記憶消し飛ばしてぇええええ!

上位チャット:大草原不可避


「あ、そうだ。ついでに聞いていいか?」

「何? この際だから何でも教えてあげるわよ」

「いいのか?」

「ゆうべは世話になったもの。そのお礼くらいはさせてよ」


 なら、遠慮なく。


「○○○ってどうやって洗うの?」


 キリシたんチョップが俺の脳天に直撃した。


上位チャット:エルフさんwww

上位チャット:このエルフ、無敵か?


「一発BANもあるって言ったでしょうが! もう配信終わり! 解散!」



   ――この配信は終了しました――



上位チャット:強   制   終   了

上位チャット:しゃーないw

上位チャット:相変わらず、まともな配信終了ができないエルフさん

上位チャット:記憶を……記憶を……

上位チャット:信者がまだ回復できてないw

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