11.ブルズアイは射貫かれた

 壁抜きはFPSで多々見られる、仕様ないしバグなのだそうだ。

 薄手のカーテンをあえて貫通できるよう設定することもあれば、逆に大岩に付けるはずの当たり判定を忘れてスポンジにしてしまうこともある。FPSとは切っても切り離せない要素で、バグは積極的に修正されるが、多少の漏れはご愛嬌、らしい。

 ところが、それで満足しなかったのが《ガンフィールド》というゲーム。

《ガンフィールド》は、壁の表だけでなく裏にも当たり判定を設けることで、運営が把握していない壁抜きにも未然に対応してのけた。

 ――壁抜けさせないFPS。

 これが《ガンフィールド》の謳い文句であった。


上位チャット:だから、角抜けの存在は認知されてたけど、修正の必要がないから放置されてた

上位チャット:ちょっと重いが、変な貫通がまるでない優秀な仕様

上位チャット:まあ、そのせいで銃弾を木の葉っぱで防げるんだけど

上位チャット:街中も布がやたら少なくて角張った印象あるよなw


「お前ら、物知りだな」


上位チャット:照れるわ

上位チャット:それほどでもあるかな

上位チャット:知らなかったけど知ってたことにするわ


「エルフについては知らなかったな」


上位チャット:エルフの原典が神話だってことすら知らなかった

上位チャット:ファンタジー小説から生えてきたものとばかり

上位チャット:知らなかったけど知ってたことにするわ

上位チャット:それで、どうやって攻めるつもり?


「正面から行く。小細工はしない」


上位チャット:勇ましい!

上位チャット:格好いい!

上位チャット:これまで小細工したことありましたか?

上位チャット:ちゃんと頭使った? ハンカチ持った? ちり紙は?

上位チャット:チャット欄の温度差で風邪引いた


「というか、他に突入ルートあるの?」


上位チャット:ない

上位チャット:結構でかい倉庫なんだけどな


 個人用の飛行機を格納する倉庫という設定らしく、周囲には滑走路も敷かれている。


上位チャット:でも、滑走路のせいでひらけてるから、待ち伏せには使えないって評価だった


『そうよ! あたしという最強の弓使いが現れるまではね!』

「キリシたん、ずっとこっちの配信見てたのか?」

『もちろんよ』

「そんなに暇だったのか」

『あんたの! 突入タイミングを! 計らないといけないでしょうがっ!』


上位チャット:草

上位チャット:また漫才してる

上位チャット:キリシたん、せっかく大見得切ったのにw

上位チャット:※別にキリシたんはキレ芸で売っていません


「でも、キリシたんが見るべきものは、それじゃないと思うぞ」

『……何よ、さっきから意味深に。あたしの集中を乱そうったってそうは行かないわよ!』

「ん。話はあとでいい。――いざ、尋常に勝負!」


上位チャット:走った!

上位チャット:走った走った!

上位チャット:行け行け行け!

上位チャット:突っ込めぇええええええええええええ

上位チャット:キリシたんが息止めた!

上位チャット:来るぞ……!

上位チャット:エルフさんも息止めた?

上位チャット:なんで?

上位チャット:なんで?

上位チャット:なんで?


『……シッ!』


 キリシたんの必殺の一射が、地下室の天井の角に吸い込まれる。

 壁を抜けてキリシたんの配信画面でも見えなくなった矢は、コンマ一秒にも満たない時間ののち、果たして狙い通りに倉庫入り口の地面の角を――突破した。








「うりゃ」








 その軌跡目掛けて、俺も矢を放った。


上位チャット:は?


 秒速四〇メートルを超える矢同士がすれ違う。地面の角を抜け、地下室の天井の角を抜けて、キリシたんの配信画面上に現れ――そのまま飛び込んだ。


『――っ!?』


上位チャット:ええええええええええええええええええええええ

上位チャット:はあああああああああああああああああ

上位チャット:嘘ぉ!

上位チャット:射返した!?


 一瞬の攻防、その結果は、


 プレイヤーネーム『ブラン・リーレッフィ』が死亡しました。

 プレイヤーネーム『キリシたん@弓最高』が死亡しました。


 両者ヘッドショットでの相討ちだった。


        ◇◆◇


『あーあ、負けちゃったわ』


 キリシたんのアバターが腕を投げ出して、後ろに少々傾いだ。おそらく、イスにもたれかかったのだろう。


「別に負けちゃいないだろ。俺は避けられなかったし」

『あんた……あれ、避けるつもりだったの?』

「当然」


上位チャット:いや、それはおかしいから

上位チャット:当然……当然ってなんだっけ?

上位チャット:射られた矢を見てから同じ軌道に撃ち返した上で避けるつもりだったってこと?

上位チャット:こいつ人間じゃねえ! エルフだ!

上位チャット:エル……おい、全部言うな


『呆れた。……でも、やられたのが、そういうあんたでよかったかもしれないわ』

「なんで?」

『……あたし、この技、大会で使うつもりだったのよ』

「大会?」

『公式大会。並み居る強豪を弓でばったばったと薙ぎ倒して、あたしが優勝するの。《ガンフィールド》の歴史に弓とあたしの名前を刻み込んでやろうと思ってたわ』


上位チャット:可能だと思う?

上位チャット:キリシたんが一発も外さなければ……

上位チャット:厳しくない?

上位チャット:可能性がなくはないけど、限りなく成功率は低い

上位チャット:それに、思いつけば銃でも真似できるし、やる人が増えるなら運営はバグ修正するはず

上位チャット:どっちにしても、もうキリシたんが大会で活躍できる目はないと思う


『手厳しいわね。あたしもそう思うけど』


 くすっ、とキリシたんは穏やかに笑った。


『あーあ、失敗した。エルフに弓でボロ負けしても、ここは、ぐっと我慢して大会まで隠すべきだったのになぁ』


 残念そうでもなく、ホッとしたように呟く。


『でも、大会に出る強豪の誰よりもこのエルフの方が強い。足りないところはあっても、大会までには技もルールも覚えられる。あたしじゃなくても弓の強さを知らしめられる』


 キリシたんのアバターが居住まいを正して、しっかりと前を向いた。


『あとのこと、頼んでいいかしら? あたしが引退したあとのことを』












「ダメだぞ。俺は瓶底メガネにするので忙しいんだ」


上位チャット:エルフさんwww

上位チャット:このエルフw

上位チャット:これはひどい


『え? は? 瓶底?』


上位チャット:このエルフさん、夏休み中に瓶底メガネになるまでゲームするって張り切ってるんです

上位チャット:意味わからないだろ? 俺らもわからないんだぜ


『ちょ、ちょっと待って!? 瓶底メガネになるまでゲームするってどういうこと!? なんで!?』

「何を思い詰めてるか知らないけど、キリシたんが見るべきものはそれじゃないぞ」

『いや、こんな意味のわからないこと言われたら疑問にも思……何してるの?』

「カメラを動かしてるだけだ。キリシたんが見るべきなのは、これだ」

 カメラを向ける先は、俺のパソコンのモニタ。そして、そこに映る――キリシたん側の配信画面だ。


上位チャット:やめないで!

上位チャット:弓が見たいんじゃない、キリシたんが見たいんだよ!

上位チャット:キリシたんを応援させて!

上位チャット:弓はやめてもいい、キリシたんは続けて!

上位チャット:俺たちは皆、キリシたんが好きなんだ!


『――っ!?』


 何十も何百も、あるいは何千も続くチャットたち。そこには、俺が初戦を取ったあともキリシたんの勝利を疑わずに応援を続けた様子が、試合終了後の引退発言の撤回を求める声が、しっかりと残っていた。


「よく見ろ。弓使うのがうまいだけのエルフを求めてるやつがいるか?」

『……いない』

「なら、誰を求めてる?」

『あ、あたし……』

「俺の配信画面なんか見ててもしかたないだろ。キリシたんの仲間がいるのはそっちだ」

『あ、たし……あたし……っ! ぐすっ……ゆ、弓でも負けたら……今度こそ、誰も応援してくれないって……!』

「そんなこと言ったやつはひとりもいなかったぞ」


上位チャット:あ、やっぱり、試合中もチャット全部見てたんだ

上位チャット:こいつエルフだ!

上位チャット:エル……おい!


「ほら、俺のチャットは俺しか見てないぞ。キリシたんのチャットよりもこれが欲しいのか? 違うだろ」


上位チャット:照れるわ

上位チャット:それほどでもあるかな

上位チャット:知らなかったけど知ってたことにするわ

上位チャット:何をだよw


『あはは……』


 キリシたんは、腕で目元をぐしぐしと乱暴に擦って、顔を上げ、


『エルフ』

「なんだ?」

『また、遊びましょ』

「おう」


 アバター越しなのがもったいないくらいの笑顔を見せてくれた。


「じゃ、またな」


上位チャット:あ

上位チャット:ちょ


   ――この配信は終了しました――


上位チャット:だから、切り方ァ!

上位チャット:ちょっとダイレクトメッセージで文句言ってくる!

上位チャット:行け! いや、俺も行く!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る