比翼の鳥

ずみ

比翼の鳥


 かつて、雌雄しゆうで一つの鳥がいた。

 それぞれ片翼しかない、不完全な鳥。彼らは体を一つにすることで、ようやく対の羽を手に入れて空を飛んだ。

 俺たちもそうだ。

「俺たちも、二人で一匹の鳥だったよな」

 急激に旋回する、右主翼を黒く染めた双発のジェット戦闘機の中で、ヘルメットに内蔵されたマイクに問いかける。

『……うん、私たちは二人で一つ。それは今でもそうでしょ』

 返って来た声はどこか寂しげで、それでいて嬉しそうな声で。

「……そうだ、そうだな」

 会話だけ聞けば、俺たちは一緒に飛んでいるだけのパイロット。

 でも。

 俺たちは、敵同士なんだ。


     ***


我がサタ・グレース王国の首都がマルーレッタ連合に奪われてから半年、俺たちサタ・グレース王国軍は今や首都サンサタ・グレースシティを奪い返そうとしている。

「……なぁ、ナイト2、もう戦闘は終わったんだ。俺と一緒に帰ろう」

 そんな時、敵機の中に黒い左主翼を持つ機体がいるという報告を受け、俺はすぐにその空域に駆け付けた。

『無粋ね、ナイト1。私はまだ踊り足りないわ。……それに、今はシカリオ1よ』

 かつて、ともに五年間この王国の空を守り続けたナイト2は、俺の相棒は。

「……ああ、満足するまで付き合ってやる」

 最初から連合のスパイで、俺の敵だった。

『……ナイト1、私は確かにスパイだけれど』

 視界の先、もうすっかり沈みそうな日が見える高度一万五〇〇〇フィート。二人きりで織りなす優雅なダンスと、二人の軌跡を重ねるように引く飛行機雲。

『あなたのこと、好きだった』

 そんな二人のために用意された舞台で、かつての相棒は言う。俺はその言葉に何も返せなかった。

『でもあなたには家族ができた。私は、貴方のお嫁さんがうらやましかった』

 二人で激しく旋回しながら、それでも離れることなく近づく様は二人の長年共にした経験から成せる業だ。

『だから私はあなたとの、唯一無二の関係になりたい』


『私を、殺して』


『あなたの手で、私を殺して』


 日が完全に沈み真っ暗になった大空で、ナイト2は言った。それはまるで、愛の告白の様な口調で。

「……そんなこと言うなよ、相棒。俺に相棒殺しなんてさせないでくれ」

 自分でもわかるほど泣きそうな声だ。声に出すと、余計に辛くなる。

『私の主翼下にはミサイルの代わりにクラスター爆弾を積んでいる』

 はっと頭を上げる。

『私を撃墜しないなら、下の街に落とすから』

 クラスター爆弾は、戦車やトーチカなどの装甲化されたものを破壊する能力はない。

 内包された数百の小型爆弾を投下し、人員を大量に殺傷するのが目的の兵器だ。

「……まだ、君と話がしたい。君を殺した後に、知らない事があったら嫌だから」

 絞り出した言葉は、きっと自分の決断のための時間稼ぎにしかならなくて。それでもその言葉は嘘じゃなかった。

『……いいよ。私も、まだ、あなたと踊っていたいから』


     ***


 真っ暗な大空で、二機それぞれの航空灯のみが互いに存在を教えてくれる。王国軍は完全に首都を取り戻し、連合軍は撤退を始めたらしい。俺たちは首都上空を二機で寄り添いながら旋回し、話を続けていた。

 彼女の生まれ故郷の、両親や友達の話。好きな場所や美味しい地酒の話。五年前から変わらない、俺が右で彼女が左の二機編隊(エレメント)で。

『そろそろ終わりにしましょう』

 その聞きたくなかった言葉に、それでも応えなければならない頼みに、俺は小さく返答する。

「ああ」

 俺は左に旋回し、離れてから機首を彼女の機体に向け、彼我の距離を引き離す。

『ねぇ、ナイト1。私の、相棒』

 彼女は満足そうな声で言う。

『全部終わったら、私のことなんて忘れて、幸せに生きてね』

 幸せそうな、嬉しそうな声。

 でもそれは、その言葉はあまりにも残酷じゃないか。

「……俺は、忘れないよ」

 忘れてやるものか。君は俺の、たった一人の相棒じゃないか。

「……言っただろ。俺たちは二人で一つの、比翼の鳥なんだ」

 赤外線誘導の短距離空対空誘導弾のシーカーを起動し、ロックオンする。

『……そうね。私はこれからも、あなたの心の中で一緒に飛び続けるのね』

 初めて、彼女の泣いている声を聴いた。きっと、鮮やかに笑っているんだろう。

 お別れなんて、言うつもりは無い。

「……今までありがとう、相棒」

『……これからもよろしくね、相棒』

 FOX2《ミサイル発射》


     ***


 我がサタ・グレース王国は、マルーレッタ連合を完全に国境へ追い返して停戦協議に入った。戦争が終わったんだ。

 妻は無事だった。家に帰った俺を、いつものアップルパイと一緒に出迎えてくれた。

六か月振りのアップルパイを食べた時、思わず涙が出た。一度は二度と食べられないかもしれないとおもっていたから。

 首都奪還作戦が行われる直前、連合の軍服を着た女性が訪ねてきたそうだ。これを渡してほしい、と。

 酒だ。空で彼女と話した、彼女の地元のウイスキー。

 駐機場の、自分の機体の前で飲んだ。彼女の翼を受け継いで、両翼を黒く染めた機体の前で。

 幸せになってね、と。彼女は最後にそう言った。

 そのつもりだ、と心で返した。

 これからも、俺たちは二人で一つだ。

 左の黒い主翼に、ウイスキーの瓶を軽く当てる。

 どこかで、彼女が微笑んでいる気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

比翼の鳥 ずみ @Zumikas

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ