エクスクラメーション・パンクチュエーション・クエスチョン

わさび大佐。

1話 絶対的支配王の末路。

この世界に私を知らない者はいない。


この世界は、私が名付けた。


この世界のルールは、私が作った。


この世界の生き方は、私が決める。


プロンプト。それは私が作った世界である。






Do you know punctuation!?



それは、とある異世界プロンプトでの何気ない一日の朝。


朝の光が薄暗い執務室に差し込む。


「んー。」


その執務室に設置されたキングサイズのベッドで寝ている男性は、声を漏らし、目を擦る。


そして窓とは反対の方向に寝返り、また寝る。


3時間後に再び目を覚まし、大きく伸びをすると、かけていた毛布がはだけ、何も着ていない上半身からは、出っ張った腹が丸見えになった。


「誰だ?この遮光カーテンを設置したのは。全く光を遮断できていないではないか。」


男性は毛布を払い除けると、ベッドから立ち上がり、執務室の窓を開け、ベランダに出た。


「ああ。今日もいい天気だ。」


彼のいるベランダは、プロンプトの全景を一望できる最高の景色だった。


高さ4600mもある巨大なビルの最上階。

その階の全てが彼の居住地であり、そこから見える景色全体もまた、彼の所有物である。

彼はそこからの光景を気に入っていて、誇りでもあった。


彼、パンクチュエーションはこのプロンプトを築き上げた支配の王であり、プロンプトとは彼の独裁により機能する国だ。

35歳にして、天才的な手腕と、圧倒的カリスマ性によって努力だけでのし上がってきた。

誰も彼の上をいく考えは持たず、彼に意見する者もいない。


このプロンプトにおいて、パンクチュエーションは完璧なまでに無敵であった。


『ピコン。』


執務室の中から軽快な音が一瞬鳴る。

パンクチュエーションが寝ていたベッドの枕元に置いていた小型のデバイスからホログラムが映し出された。


『パンク様。呼びましたか?』


ホログラムには、細長いメガネをかけ、かしこまった20代くらいの男性が、スーツ姿で肩から上が映し出されていた。


「今の遮光カーテンが遮光できていない。遮光とは何かわかるか?セパレーター。」


パンクはベランダに設置された椅子に腰掛け、机に置かれた紙タバコを手に取り、口に咥えた。


『光を遮るという意味ですね。』


セパレーターと呼ばれた男性はさぞ、当たり前のように答えた。


「光を遮っていないカーテンは、遮光カーテンと言えるか?」


パンクはタバコに火をつけ、深く吸い、質問を続ける。


『いえ。』


「なら、今、私の執務室に取り付けられているカーテンは光を遮っていないから、遮光カーテンとは言えないわけだ。」


『そうでございますね。』


「私のカーテンに対しての要望は何だった?セパレーター」


『…。遮光カーテンでございます。』


「だったら今すぐこのカーテンを取り替えに来い!」


『すぐに取り替えに行かせて頂きます。』


ホログラムはそこで静かに消えた。


パンクチュエーション。

彼に逆らえる者は、このプロンプトには存在しない。






一方、1300階のパンクの執務室から700階下がった600階にある部屋では、4人の男達がテーブルを囲んでいた。


「バレた?」


「いや、バレてないと思う。」


「ふぅ…。」


4人の男達は冷や汗をかきながら安堵した。


「あ、それロン。」


「あっ!!」


一人の男が、全員に見えるように手牌を倒した。


「ぎゃー!またセパレーターの一人勝ちかよ!おもんねえよ!」


椅子に膝を立てて座る金髪の青年、アポストロフィは髪をわしゃわしゃと掻き回しながら悶えた。


「僕は頭脳においてはプロンプト内でパンク様についで2位と言われているからね。」


4人は手牌を奥に突き出し、ぐしゃぐしゃにかき混ぜ始める。


「セパレーター、カーテン取り替えに行かなくてもいいのか?」


セパレーターの前に座る、顔立ちがよく、大人しそうな好青年、パレンテシーズは心配そうにセパレーターに質問する。


「ああ。彼はベランダにいるんだ。今すぐ行ったって必要ないだろ。」


「なんでトップってあんな言い方しかできないんだろうな?遠回しに陰湿な質問してきて、さっさと簡潔に要件言やあいいのに。」


アポストロフィは、タバコに火をつけ、吸いながらパンクに対する文句を言い始めた。


「自分が、話している相手より上だと思えば思うほど、教えたがりになるんだよ。負けず嫌いな奴であればあるほど、プライドが邪魔してそれは酷くなる。」


「遮光とは何かわかるかあ?わかっとるわ!カーテン気に入らないんならカーテン変えてくれって一言で済むじゃん!何なんだろうなあの性格は。」


アポストロフィは、セパレーターの気持ちを代弁するかのように文句を吐き散らかす。


「しかもこんな無駄に高いビル作って、しかも最上階に住んじゃって。俺ら最高幹部の部屋と700階も違うんだぜ?カーテン取り替えにいくだけでも、飯持っていくだけでも、めんどくさすぎるわ。誰だよこんなビル設計したのは。」


「我だな。」


アポストロフィの向かい側に、体育座りで椅子に座っている男性、クォーテーションがボソッと呟く。


「お前だったのか…。」


「プロンプト内では我の技術力がないと、こんな大層なビル、設計自体無理だろうよ。技術力に置いてはパンクを抜いて1位なんだから。特に、最上階にベランダを付けて欲しいっていうイカれた案件にも対応できたのも我だけだな。どんだけ防風バリアを作るのが難しかったか…。」


クォーテーションは、するめのような乾き物の食べ物を口の中でクチャクチャと咀嚼しながら自慢げにそう言いきった。


「ま、いい暮らしさせてもらってるし、僕は何も言わないけどね。女の子とデートする時も、このビルに入れたらびっくりしながら喜んでくれるし。このビルの住民ってだけでモテるしね。」


パレンテシーズは、牌を並べながら呟いた。

そこへ間髪入れず、アポストロフィが突っ込む。


「モテねーよ俺は。お前は顔がいいからってだけだろ。最高幹部になった理由も、セパレーターが頭脳2位で、クォーテーションが技術力1位、俺が戦闘力1位で選ばれてるのに、お前の選ばれた理由だけモテ度2位ってどういう事だよ!」


「プロンプトで2番目にモテるってことだよ。」


パレンテシーズはピースを見せ、サラリとそう言い切ってみせた。


「てか、2位って事は1位がいるってことだよな?プロンプトで一番モテる奴って誰なんだろ?」


「査定基準はパンクが決めてるんだぜ?どういう事かわかるよなー?」


クォーテーションは嫌味を含む言い方をした。


「まじ?」


「あの人の自己肯定は半端じゃねえからなあ。我の技術力1位も血涙浮かべながら認めてたぜー。」


最高幹部4人は、上司の愚痴を言い散らかしながら、麻雀するという至高の時間を続けた。


「リーチ。」


「あ!またセパレーター!お前っ!」


「まだわからんよ。」


麻雀も佳境に差し掛かったその時だった。


『ピコン』


「誰のホロコミュ?」


「ああ。僕のだ。なんだろ?またパンク様かな。」


セパレーターは、胸ポケットから小型のスマートカード型デバイス『ホロコミュ』を取り出した。


「メイドからだ。」


セパレーターがホロコミュにメイドからの着信があることに気づくと、ホロコミュを卓に置いた。

するとホログラムが浮かび上がる。


「どうしたの?」


『パンク様が執務室にもどこにもいないんです。ご存知ないですか?』


「いや、さっきまで執務室にいたよ?」



その時だった。



その影にいち早く気づいたのは、窓を向かいに座っていたパレンテシーズだった。


「今…、なんか降ってこなかった…?」


「え?」


窓を見て、驚愕な表情をするパレンテシーズを見た全員に一気に緊張感が走った。


全員は即座に立ち上がり、窓を開き、下を覗き込んだ。


「なっ!!」


そこには、プロンプトの頂点に君臨する支配王、パンクチュエーションが、無数のビル群へと落ちていく姿があった。







「はっ!?」


目が覚めると、頭上に温かみのある小さい照明灯がポツンと点いているのを目にした。

何故か拳がジンジンと痛む。

起き上がると、自分の見慣れたベッドではなく、身に覚えのない質素なベッドで寝ていた事に気づく。


「どこだここは…?」


物が散らかっていて、尚且つ狭すぎる部屋。

明らかに自分の執務室ではない。

窓に取り付けられたカーテンを開くと、高さ2階くらいに感じる程に低い位置に部屋がある事がわかった。


しかしもう一つ、許容できない物を見てしまった。


「なにっ!?」


それは、窓に反射して映る自分の姿。


そこには全く知らない白髪でショートヘアの女性が、パジャマ姿で立っていた。


「誰だ…、これは?私なのか!?どうなってる!」


私はすぐにホロコミュを探そうとしたが、物が散らかりすぎてどこに何があるのかわからない。

そもそもホロコミュがここにあるのかどうかもわからない。


「クソっ!何も思い出せん!」


とりあえず外に出ようと、部屋から出た。

すると、さっき出た部屋よりもう少し広い部屋から、静かに啜り泣くような声がした。


「そこに誰かいるのか?」


部屋に入るが、人の姿は見当たらない。

しかし、不吉な小さな泣き声は押し入れから聞こえてきた。


「おい。大丈夫か?何があった?」


私は恐る恐る押し入れに手をかけ、スーッと引いた。


そこにいたのは、痣だらけでボロボロになった小さな女の子が、私を見て恐怖する姿だった。


「なっ…。」


言葉が出なくなった。

こんな時にも私の頭脳はフル回転で働く。


そしてある事実へと辿り着く。


プロンプトの頂点に君臨する支配王であるはずの私、パンクチュエーションの姿は、何故かはわからないが、身も凍る程に恐ろしい虐待母に変わっていた。

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