授業-5
ほどなくして、ミルとヤーレさんがお戻りになりました。
「あれ、2人って仲良かったんだ」
「え、あ。ええ、まあ」
なんだか少し照れくさくなって、慌てて元の席に戻ります。
「私も王国出身ですから、積もる話などもありまして」
「ふーん」
ヤーレさんは生返事をしながら、慣れた手つきでお茶を注ぎ、姫様のお向かいのベッドに座って一口飲みました。
「え、うまっ。誰が入れたの?」
「ナリスさんですよ」
「え、ナリスが?」
……ヤーレさんの私に対する評価が気になる所ですが、まあよいでしょう。ところで後ろでお茶を注ごうとしていたミルの手が震えているのですが。
「あ、あの……」
「あなたの部屋のものを使って淹れたものなのですのに、なにを遠慮しているのです」
「あ、そ、そうだね」
それでようやくミルも椅子に座りました。未だに取って食うとでも思われているのでしょうか。まあしかし、飲んでる様子を見るに、気に入っていただいたようなので、良しとしましょう。
ヤーレはお茶を飲みながら、何気なく口を開かれました。
「やっぱりお貴族ともなると、こういうのも教養として学ぶものなんだね」
私が貴族扱いされていることに、つい眉間に皺を寄せてしまいました。この人はどうも……いえ、まあ私が話していなかったわけですし。
姫様が口を開こうとしているのが目に入ったので、さりげなく止めます。姫様にいっていただくのも変な話でしょう。
「私は貴族ではありませんよ。少なくとも、爵位を持つ家ではありません」
私の言葉がよほど意外だったのか、ミルとヤーレさんがすこしの間固まりました。
「え、でもいつも綺麗な服着てるし」
「そ、それにケラマのことも知ってる風だったし」
「な、なにより、なんというか、纏ってる空気? みたいなのが他の貴族の人たちにも負けてないっていうか」
そこまで言われると悪い気はしませんわね。
「しかしまあ、貴族というものは挙措や風貌でなるものではありませんからね。たとえ社交場に顔を出せるようになったとしても、やはり王より領土と民とを預けられてこそ、貴族というものですわ」
2人して黙りこくって、なんだか気まずい空気が流れます。このままさようならというわけにはいかなさそうですわね。
「まあ、お2人にそこまで思われるとは、私の学んだものも無駄ではなかったということですわね」
お茶で口を湿らせると、2人から不思議そうな顔を向けられていた。
「元々私には、貴族の元に嫁入りする予定がありましたのよ。ですから、幼い頃からこうして、貴族としての立ち居振る舞いを学んできましたの」
それで2人も納得されたようですが、ほどなくしてヤーレさんが首をかしげました。
「じゃあ、なんでまた魔女に? お貴族様になるのも楽しそうだけど」
なんとまあ夢のある世界を夢想なさっていそうですが、どういったものでしょう。
チラリと姫様の方を見ると、可愛げのある笑みをこちらに向けていました。ため息をついて、慌てて口を開きます。
「会ったこともない、10も20も上の方とともに暮らすことが、私自身の幸せに繋がると思いますか?」
実際の結婚相手として見繕われていたのはそれほど上の方ではありませんでしたが、ともあれ望まぬ相手との結婚の例としては、ヤーレさんも納得されるものだったようでした。こういう時、先進的な都市育ちは話が通じてよいですわね。
「まあ、そうは言っても、貴族の家に嫁ぐことこそ家のためとは分かっていましたから。ですからこうして魔女になることで、私にも家にも利益のある形を取ろうとしているわけです」
なにか言いたげな姫様のことは無視して、2人が納得されたようですから、まあこんな所でしょう。
お茶ももうなくなりかけの頃、ヤーレさんとミルさんの会話を微笑みながらお聞きになっていた姫様が口を開かれました。
「そういえば、お3方は、魔女となった後は、どうなさるのですか?」
それは、私としても気になる所ですわね。
まずはヤーレさんが口を開きました。
「そういうケラマは?」
が、質問に答えないようですわね。姫様の方は、口を少しとがらせて、
「そう、ですね。あまり面白みのあるお話でもありませんが。しばらくこちらで学びましたら、国へ帰ると思います」
「貴族の方々は、魔女とのコネクションを作るために、こちらに来ている方も少なくありませんからね。私にしても、独り立ちできるようになったら国に帰ると思いますわ。姫様と同じく」
姫様がなにか言いたげな顔をこちらに向けてきますが、無視します。と、ヤーレさんが口を開きました。
「じゃ、じゃあ2人とも、そのうち別れることになるんだ」
「まあ、学校とはそんなものでしょう。卒業すれば、それぞれの道に進む。それで、お2人の道は?」
「うーん、ミルはどう?」
ヤーレさんにも話を振られて、ミルさんは少しうつむきがちにもじもじし始めました。
「私……私は、探したい人がいるから、その人を探しに行く」
それは……。話を拾うべきか迷っている家に、ヤーレさんが口を開きました。
「それってもしかして、好きな人とか?」
ミルさんはひとつ間を置いて、首をぶんぶんと振って否定しました。
「い、いやいやいやいや。私なんかが、じゃなくて、昔助けてもらった魔女の人だから、そんなんじゃ」
なるほど、暗い話ではなくよかったというところですかね。
「魔女といえば、ヤーレさんの出番では?」
「あ、確かに。ねえ、どんな人なの?」
「え、ええっと、確か大きい女の人で」
「魔法使いか魔術師かとかは?」
「うーん、空を飛んでたけど」
「それだけだとさすがになんともなぁ」
「そう……だよね」
2人してため息をつきました。まあ、人捜しをするのにもそれだけしか情報がないならばどうしようもなさそうですが。
「それこそ、魔法で探すようなことが、あるのではないですか?」
姫様の言葉に、ああ、なるほど、と他のお2人と一緒に思わず声が漏れました。
「では、ミルさんはまず人捜しの魔法を学ぶところからかしらね」
「……うん、頑張る」
「大丈夫、ミルだったらきっとすごい魔法使いになれるよ」
そうしてヤーレさんはミルさんの背中をバンバンと叩きます。この方、見た目の割りにやることが豪快ですわね。
ふと、窓を見ると、もう日が落ちかけていました。
「では話もまとまったところで、私はこれで」
「あ、そっか。じゃあまた明日」
「また明日に」
そうして部屋を出ましたが、後ろからはまだお2人の話し声が、聞こえてきます。
姫様も、よくこの環境でゆっくりできることですわね。
そう笑いながら、ふと未来を考えます。親から与えられたものを捨てて、私が進もうとしている未来。自分を手に入れるためにここに来たのに、他の方と同じ未来を進むというのは、正しいのでしょうか。
そんなことを考えていて、つい姫様の顔が浮かんでしまうことに苦笑してしまいます。無視し続けた姫様の何か言いたげな顔。
習慣を捨てられないという姫様と、私もそう変わりないのかもしれません。結局は家のことばかり。
誰にも縛られないようにすることが、こんなにも難しいことだとは、あの小さくて大きな少女の言葉を聞いたときには、思いもしませんでしたわね。
「少し、ミルさんやヤーレさんのことが羨ましいですわね」
2人も、自分の好きなことや、やりたいことが決まっているように見えます。
今の私は、どうでしょうか。
弱気になっていると、なんとなく先ほどの室内での風景が思い出されます。
……まあ、探しましょうか。幸い時間はあることですしね。
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