魔法学院の『触らぬ神』たち

はづきてる

入学-1 ミル視点

 古い造りの廊下を歩いていると、ついつい周りを見渡してしまう。運命の再会を求めて。

 すれ違う大人の人はほとんどいない。それでも、窓の向こうであれば、なんて考えてしまって。そうして他の子の頭越しにきょろきょろしていると、先導する魔女の人に見咎められた。大人しくしてます。

 そうして今度は前の後頭部だけを見て歩いて、しばらくすると扉の前にたどり着く。魔女の人は扉の前でこちらに振り返った。

 「この大広間にはあなた方を歓迎するために、多くの魔女がいらっしゃいます。その意に応えるよう、失礼のない振る舞いをお願いします」

 私の方を見ているように思えて、耳と首をすくめてしまう。……きっと気のせいだ、うん。

 あるいは単に頭ひとつ出てるせいだろう。きっと。

 

 そうして魔女の人がまた前を向いて、重々しく扉を開ける。扉からは、窓から入る日光だけでは説明できない、不思議な輝きが漏れ出てきて。

 「うわぁ……」

 中に入ると、思わず声が出てしまった。私だけじゃない、他の子達も同じようなリアクション。でもしょうがないでしょう。こんな景色、これまで見たことがない。

 私の住んでいた家が3つは入りそうな高さの天井には、6つの輝きが輪をなしてぐるぐると回っている。赤・茶・黄・緑・青の光の珠が虹のように列をなして、ステンドグラス越しのお日様みたいに、それよりも明るく広間中を照らしている。

 その回転に合わせるみたいに、どこからともなく音楽が鳴り響いている。見渡してみても、音楽団は見当たらない。それでも、複雑なハーモニーが空間一帯を包み込んでいるのが聞こえてくる。

 そしてなにより、道を囲むようにいる人たちが思い思いに飛ばしている光の粒。それがある程度の高さまで上がっては、雪のように光を散らしながら向こう側に落ちていく。その弓なりが何重にも何重にも重なって色とりどりのアーチを作って、私達の進む道をきらきらと輝かせている。触っても……熱くない。やっぱり雪みたいにちらりと消えていった。


 景色に見とれてぼーっとしてしまうと横から脇の辺りを小突かれた。小突いてきた子に促されて前を見ると、ちょっと離されてしまっていたようだ。

 それで前に進むけど、それでもやっぱりついつい歩きながらもきょろきょろしてしまう。と、後ろから拍手が聞こえる。振り返ると、どうやら通り過ぎた人たちは光を出すのをやめたようだ。かわりに拍手したり、杖で床を叩いたりしている。音に合わせて歩いていき、やがて壇上の前、人数分用意された椅子までたどり着いた。そして促されるままに座ると。今度は私達の上をドーム状に光が包んだ。


 そうしてしばらく光のショーを楽しんでいると、壇上に、こういう場に立つには少し若く見える人が現れ、同時に光も音も全部がやんだ。その静けさに慣れた頃、先導していた魔女の人が口を開いた。

 「魔法学院アカデミア学院長、『現実複製者リアルクラフタ』からの祝辞です」

 そうして紹介を受けた壇上の人がゆっくりと話し始めた。

 「いま、この部屋で、皆さんが目にしたもの、耳にしたものは、建物と椅子以外は、すべてが魔術、魔法、あるいは魔女、すなわち魔力によるものです。皆さんは、今日から魔女の見習いとして、これらのことを学んでいただきます。すなわち、魔術について、魔法について、魔女について、なにより魔力について。やがて皆さんは、それぞれ師匠を持ち、それぞれの道を進むことになるでしょう。今日の風景を一人で再現するような大魔術師になることも出来るかもしれません。新たな概念を生み出す素晴らしい魔法使いになるかもしれません。あるいは、数多の動物と絆を交わす召喚士サモナーとなるかもしれません。いずれの道を進むことになったとしても、我々は皆さんを歓迎します。ようこそ、自由たる魔女の道へ。ようこそ、魔法学院アカデミアへ」

 そうして壇上の人が礼をしたところで、拍手が鳴り響く。それに合わせて私達も拍手をする。そうしてなんとなく実感する。


 私は、いよいよ魔法学院アカデミアの一員になったんだ。

 私は、ついに運命を掴む、その一歩を踏み出したんだ!


 *****


 入学式が終わり、特に自己紹介みたいなイベントもないまま、寮のホールに案内され、紙を渡された。紙には部屋番号が書かれているようだった。

 「各自の荷物は部屋に届けています。しばらく私はここにいますから、何かあれば言ってください」

 「あ、あの!」

 解散する前に引率の魔女の人に声を掛ける。

 「どうしましたか?」

 「あの……えっと、今日は、これで終わりですか?」

 「はい。今日はまだいらっしゃらない方もいますので、詳しい説明などは明日行います」

 なるほど。いや、それなら入学式も明日やるものじゃないのかな? まあいいか。魔女の常識はよくわかんないし。

 魔女の人は周りを一瞥して、小さく頷いた。

 「では、他になければ自由になさってください。明日は昼4つ鐘のころ、ここに集まってください」

 それで解散になった。

 みんなそれぞれ、ここに来たときに渡された紙を片手に自分の部屋へ向かっていく。私も移動しよう。


 ……私はどうやら、道に迷ったらしい。あれー? 私の部屋は2階のはずなのに、なんで4階にいるんだろう。なんとなく人混みに紛れつつ、なんとなく視線を避けながら移動していただけなんだけど。

 ま、まあとりあえず下りればいいはずだ。そう思って振り返ると、どん、と人にぶつかった。金色の髪をたくわえた、フリルの目立つ小柄な子だった。

 「あ、ごめんなさ――」

 「あら、ごめんあそばせ――」

 その子が顔を上げると、よく見た眼に出会った。別に知っている人じゃない。でも、その眼を私はよく知っている。

 それは私を見る眼。私の、猫のような耳と尻尾を見る眼。自分にはないものを見て、自分たちとは決定的に違う生き物なんだと、そう認識した眼だ。

 「ああ、あなた、獣人ですの」

 奇異なものを見る、さげすまれているように思えるその眼を向けられると、私の顔はどうしようもなくひきつって、まるで笑ってるみたいになってしまう。その顔を見せてしまえば、また何か言われてしまう。顔を見せないようにうつ向いたまま、私はその場を駆け出した。

 「ご、ごめんなさい!」

 「ちょ、ちょっと」

 後ろから聞こえる声を無視して、私は逃げるように階段を駆け下りていった。


 がむしゃらに進んでいるうちに、気が付いたら角の部屋にたどり着いていた。部屋番号は……205。私の部屋だ。右も左も分からないままに進んで目的地に来られるなんて、なんだか運は良いみたい。名札が3つあるから、3人部屋なのかな。

 ふっと、さっきの人の目が頭をよぎる。それと一緒に、村の人たちの顔まで思い出してしまう。

 もし、同室の人にも同じような扱いをされたら? 私には、居場所なんかないのだと、改めて宣告されたら?

 ぶんぶんと首を振る。居場所なんか、なくたっていい。

 私はここに、あの人に会いに来たんだから。

 私を助けてくれた魔女に。……顔ももう覚えてないけど、見れば分かるはずだから!

 よし、勇気がわいてきた。とんとんとノックをすると、どうぞと声が聞こえてきた。


 ドアを開けて中に入ると、ちょっとふくよかな女の子が荷物の整理をしていた。部屋の中には、いくつかの棚のほか、二段ベッドと普通のベッドが1つずつ。それに机が3つ。やっぱり3人部屋だけど、1人はまだらしい。

 「ごめん、本当はあなたのことを待ってから作業しようと思ってたんだけど、どうにも待ちきれなく、て――」

 その子が作業を止めてこちらに顔を向ける。さっきの4階での感情を思い出してつい生唾を飲んでしまうけど、思っていたものは見えなかった。その子の目は、瞳が見えないほどに細かったのだ。

 だからといって私の耳と尻尾を見ていないわけではないらしい。目の代わりに顔が随分と動いている。でも、瞳を向けられないだけで、こんなにも気が楽になるものなんだなと、妙な感心をしてしまった。

 「もしかして獣人?」

 「あ、えっと。……はい」

 隠せるはずもない、素直にうなづくと、その子はずずいと寄ってきて、私の手を取った。

 「すごい! 私、獣人とお話しするの初めてなの!」

 こんなにも人の目尻は下がるのかというくらいにべったりと下がった笑顔。なんというか、反応に困る。

 「えーっと、すごい、の? 怖い、とか、変だ、とかじゃなく」

 ついネガティブな感じの言葉が出てしまうが、その子は首をぶんぶんと横に振って、手をぶんぶんと引っ張ってくる。

 「全然変じゃないよ。……魔女の獣人なんてそんなに珍しくもないし、むしろすごい魔女がたっくさんいてね、アカデミアだとー、かの有名な『歌姫ディーバ』もそうだし、『最強』唯一の弟子『解放者スプリンター』も獣人だって話も聞いたことあるし、アカデミア以外でも魔術師団にも『簒奪者リフォルミスタ』っていうすごい魔術師がいるし、魔女集会なんて、いまの実質的指導者が獣人だって言われててね、それだけじゃなくて――」

 なんだか知らない単語ばかりまくしたてられてくらくらしてきた。

 「それでね、その人の何がすごいって――あ、ごめん、大丈夫?」

 「あ、うん。その。すごいね、いろいろ知ってて」

 「えいや、だって好きだから。その、魔女の人のこととか……だからお話しするときは1文ごとに3呼吸置きなさいって、いつもパパに言われてて……」

 言われて気付いたけど、この子さっきほとんど文切ってなかったな。でもちょっとうらやましいな。それだけ長く話すのは私にはできないことだから。

 「あそうだ、私のことはヤーレって読んでね」

 「ヤーレ? ただのヤーレ?」

 そう尋ねるとヤーレと名乗った少女はちっちっちと指を振った。

 「魔女は簡単に本名を名乗らないものなんだよ。だから本名を名乗るのは、ちょっと置いておこうかなって」

 なるほど、そう言われるとちょっと格好いいかも。

 「それで?」

 「え?」

 「あなたのことは、なんて呼べばいい?」

 あ、そっか。名乗ってなかった。

 「えっと、ミケルワ・ノリワース。……じゃなくて、あー、えっと。ミル! ミルって呼んで」

 本名を名乗らないっていう話をしたばっかりだったのに。ヤーレもくすくすと笑っているし。

 「今度本名は『正式に』教えてね。それより、はやくそろそろ荷ほどきしよう。ミルはベッドはどこがいい?」

 そのままヤーレは私の手を引っ張っていった。部屋に入るまでの不安がいつの間にかなくなっているのに気がついて、ヤーレに聞こえないような声で

 「ありがとう」

 そう、つぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る