幻楼と伝票

通商人というのは人々のありのままを見ることになる仕事だ。

安く値切ろうと欲を出しすぎるもの、高く売りつけようと悪知恵を働くもの。

ボロくなった外套がしっかりとその現実を語っている。

というか、恐らく商売をやる人間の9割9分9厘というのはリアリストで構成されているのだろう。

完璧な人など存在せず、かのイエスさえもどこかしら罪はあったであろうと考える筈だ。

「では、ロマンチシズムを愛する……いえ、必須とする我ら詩人は愚かである、と言いましょうか?」

物には必ず白黒がある。

平和と戦、貧乏と豊満、貪欲と無欲。

少し汚れてはいるものの、比較的きれいな外套を着たこの男は商人の対義語である詩人だ。

馬車が泥濘にはまっていたところを助けてもらった礼として、次の街まで乗せてゆく約束をしたのだ。


「商人の物差しで測ればそうとも言えるでしょう。美しき幻楼さえも近くで見ればあまりに理想とかけ離れる。商売とはその幻楼に背を向け、ただひたすらに働くことを言う、という話です。」

「では今度は『詩人の物差し』で商売人を測るとするのなら、肩に止まった珍しく美しい蝶にすら気づかず、諸行無常を金の流れに喩え、しかしもってそれを生と楽しんでいる……少し言い方が悪かったですね。謝ります。」

彼の言葉には一理ある。詩人の生活は実に変則的で、ほんの小さな違いすらも見逃さず、視界に入るもの全てを世界として捉えているのだろう。

ロマンチシズムの中のリアリズム、この矛盾は私も抱えているのかもしれない。


「理解、し合えませんかね?」

「これぞまさに人間だな。」

「どういうことでしょうか。」

「私もどこかで思うのだよ、これだけの数人間がいるのなら嘘をつかない絶対的な正直者がいてもおかしくないと。リアリズムの中のロマンチシズムだよ。」

「同じ矛盾を抱えていながら歩み寄れない、ですか。人間らしいですね。」


沈みゆく夕陽と、見えてきた城壁を前に静かに笑いあった。

両者、大事なものを抱えてだったので、片手にナイフがあったことは目配せをせずとも分かり合っていた。

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