機械色のラビリンス

パラークシ

ある日裏山に敵機が落ちた。






「敵機が裏山に落ちたんだ」


 と誰かが言って、街は一気に騒然となった。


 裏山には鼠色の煙がもくもくと上がっていて、人々はその様子を唾を飲み込みながら緊張の面持ちで見つめている。僕はその煙を見ながら、ある既視感のようなものを抱いていた。だがそのことは誰にも言わなかった。まだ自分にもその既視感がなぜ起こっているのか分からなかったから。


「おい、裏山、見に行こうぜ。一緒に来る奴いるか」


 おう、と誰かが言って、一人一人が何故か木の枝を持ち、それがあれば例え敵軍の誰が相手であろうと関係ないとでもいうかのように、幼い子供達は意気揚々と鈴なりになって裏山への道を登り始めていた。僕はその様子を、黙って見つめている。そうしている様子をまた、見つめている何者かがいた。茜だ。群青 茜。いつも人を観察していて、興味深く何かを発見した眼を浮かべては、何故か僕にいつもそのことについて報告しにくる。僕は彼女のことが嫌いだった。密かに。だからそのことは伝えてはいないのだけど。


 群青 茜(あかね)は僕の方を見ながら意味深げな足取りで近づいてくると、徐に口を開いてこう言った。


「足人(あしと)、あなたは行かないの・裏山に」


 ・を付けたのは、別に間違えたわけじゃない。でも彼女のセリフの中に、どうも僕に対して伝える方法が、カンマではなく区切りの点であったというのが個人的にとても興味深かった。確かに彼女はそう言っていた。カンマではなく、ただの点を用いて、『・裏山に』と。


 僕はこう言った後、ただただ黙する木のように茫然と立ち止まったまま、茜の方は向かずに、街へと通じる道を歩き出そうとした。


「僕はいかないよ。茜。僕は接触するよりも、観察している方が好きなんだ。どうしてもね。君もそうだろう? 嘘はつかないでくれよ」


「嫌な奴ね。じゃあ私は行ってこようっと。ガキ大将達だけじゃ何するか分からないし。じゃあ、ここでお別れね。さよなら」


 僕は振り返らずにこう言った。


「さよなら」


 街は茜色に光り輝いていた。夕焼けが街を染め上げていて、ガラスと赤煉瓦の融合した街々が呼吸するように光り輝き、僕はその輝きを見て、少し動揺していた。その理由も分からなかった。僕は黙ったままただ歩き出した。一抹の寂しさを感じながら。

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