67 ルビンの壺(1)

 周りでは、こんな関係性を聞いたことはなかった。だから、珍しいのだと思う。

 前の世界では、うちの母親は向こうの母親、つまり彼女の妹からかなり嫌われていたらしい。母親は親が望むようにそこそこの大学に通い、そこそこで就職して、安牌あんぱいに結婚円満退社した。そんな普通に普通の幸せを掴む姉が、憎かったのだろうと。

 だから従姉いとことも会わせてあげられない。

 郁人は母親が苦笑いで話すのをよく見ていた。


──ちょっと昔やんちゃしてたってだけで、悪い子じゃないの


 こっちの世界に来て初めて『保安局』のつながりで彼女と出会った時、郁人は衝撃の事実を聞いた。


「そっちのお母さんが面会を拒否してたのよ」


 つまるところ、向こうでもこっちでも母親同士、姉妹の仲は複雑だったらしい。

 彼女はしょうがない話だとも言った。


「どうして?」

「私のお母さん、昔レディースやってたの」


 レディース、と言えば女性のスケ番だ。つまり今のヤンキーみたいなもの。

 彼女にその気が見えなくて、あまり実感がなかった。

 彼女の母親は酷い反抗期を迎えていた、ということ。それに両親、つまり郁人の母方祖父母や郁人の母親も嫌悪感を抱いていたらしい。


「私は嬉しいの。仲間がいて、……それが従弟だってことも。親が仲悪くっても、従姉弟同士まで仲悪くなる必要ないでしょ」

「そうだね。俺もそう思う」


 高校二年生だった彼女は何もかもが普通の少女に見えた。少なくとも郁人には。これ私なの、とテレビで指さされてもマイクを持って踊るシルエットと、少し猫背になって隣に座る姿が一致しなかった。

 ただ、研究員の指示で彼女自身が出ている番組を見させられているときは、彼女は決まって自分の手首を掴んでいた。郁人はそれに触発されるように、左手の小指に触れたのを覚えている。


 けれどその彼女の行為がどういった意味を持つのか、当時の郁人は知りえなかった。

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