file.3 偶像のヴェール

66 緒言

 なじみ深い音楽番組。暗い空間にアーティストに当てられた照明。

 女性アナウンサーの明るいМCによって、まさにアイドル然とした衣装に身を包む五人が登場する。


「こんにちはー! 私たち『ポップエナジー』ですっ」


 五人組の女性アイドルグループ。デビューからもう五年が経とうとしているが、まだどのメンバーも未成年なのが特徴のグループだ。しかし年齢と歴は関係ない。子役出身のアイドルもいるおかげか、見かけによらないベテラン感をかもし出していた。


 センターに立つストレートロングの女子はマイクを片手にカメラに向かって手を振る。彼女はステージの上で、特に誰よりもアイドルとしてかがやく。普段は毒舌で、天然なストレートパンチが特徴的だ。


 向かって右隣。グループの盛り上げ担当。白で統一された衣装のフリルを揺らしては会場を笑いに包む。数年前に追加メンバーとして発表された一人だ。明るい金髪のポニーテールは元気印の証。


 その奥は『ポップエナジー』の歌姫。派手な黒を基調にしたギャル風メイクと、サイドハーフアップが目印になる。しかしその見た目に反して、カラオケ番組の常連であるほどの歌唱力が魅力だ。


 そのシンメトリーに立つのがお姉さん担当。そしてグループの精神だ。緩いパーマと垂れ目メイク、包容力のある容姿は一部の男性に大きな人気を獲得かくとくしている。追加メンバーのもう一人だった。


 最後は。


「リーダーの生見ぬくみほたるさんはどうですか? 今回の楽曲のプロデュースを一部になったと聞きましたが」


 МCの女性は、ボブヘアをあごのラインで切りそろえた赤い衣装いしょうの一人に話題を振る。


「そうですね。そろそろみんなもお姉さんになってきたので、お洒落しゃれなかっこいい曲もやってみていいんじゃないかという試みで……」


 ──みんなダンス上手なんだし、かっこいいダンスチューンやってみようよ


 そんなプロデューサーの後押しを思い出す。


「それでは『ポップエナジー』の新曲──」


 MCのアナウンサーがそう切り出したタイミングで、重みのある金属扉をノックする音が聞こえる。生見ほたるはテレビから目を離さないまま入室を促した。


「入るわね」


 この声は自身のマネージャーのもので間違いない。


「何の話? みんな帰っちゃったけど」

「ちょっとこれ、見て欲しいのよ」


 マネージャーは数枚の紙を長机に並べて置いた。写真と文面が融合ゆうごうされた見開きページ。


「これ、貴方よね?」


 ほたるは黙り込む。

 その風景には見覚えがあったし、並んで歩く人物は自分に関係深い人だったからだ。

 ああ、と思わず声がれる。


「明日にはもう出版されるって」


 マネージャーは呆れたように額に手を当てる。


「しばらくは謹慎きんしんね。それから向こうの事務所には面会拒否されてるから」

「それは……」

「今回は痛み分けってことで二人だけ接触禁止。向こうも同じく謹慎処分らしいわ。くれぐれも今後このようなことが無いようにして。信用を落とす行為になるわ」


 楽屋に一人残されたほたるは、その紙に印刷されたインクをでるように指をすべらせる。

 こんなにもはっきりと映ってしまうものなのだ。


「……」


 ほたるは決してベテランとは言えないが、新人感の抜けてきたこの時期に気が緩んでいたらしい。

 テレビの音がノイズになる。無神経に視界の端でちらちらと映る赤い衣装がわずらわしかった。


「次は『T.O.Iトイ』の皆さんです。最近人気沸騰ふっとう中の須田すだゆめさん、曲の紹介をお願いします!」


 溌溂はつらつとして答えるテレビの中の彼女。


 手の下にある紙をそのままぐしゃりと握りつぶした。




──そして、彼等は、立ち上がった。──もう一度……!


(小林こばやし多喜二たきじ蟹工船かにこうせん』より)

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