file.2 ウィグナーの姉妹

41 緒言

 ざく、ざく。


 夜の公園に一人分の土を掘る音がひびく。

 汗で肌に張り付くかみかまいなく、スコップに足を掛けては体重を乗せた。木の根元で、できるだけ掘り起こされなさそうな場所を選んだ。あとはできた穴に投げ入れて。


めなきゃ」


 死んだものは。


 小さいころからそう、言われてきた。

 飼っていたランチュウが水槽すいそうの中を無気力にただようようになったときも、二匹のショウリョウバッタをエサのない虫かごの中で放置して共食ともぐいを始めた時も、庭に穴を掘ってそこに埋めた。

 死んだ生き物はすぐに埋めなくちゃいけない。そう教わってきた。

 生き返らないように深く埋めてあげなくちゃいけない。


「はぁ、」


 夏の夜汗がにじむ額を手の甲で拭う。でも背筋が寒いのはこれが冷や汗だから?

 響子きょうこは我に返って追い詰められたように土をかぶせた。スコップで土をならす。何度も土を叩いて目立たないように、掘り起こされないようにするのだ。


 けれど、スコップに伝わる重みは明らかに土だけのものではないことに気づいて、響子はあわてて立ち上がった。

 大丈夫。大丈夫。私はただ成仏できるように埋めてあげただけ。何も悪くない。


「……どうして、私が埋めないといけないんだっけ」


 スコップを持つ手を止める。つめの間に土が入り込んで気持ちが悪い。制服のプリーツスカートに着いた土を払う。白いセーラーは幸いにも汚れていなかった。


「そう……そうだわ」


 何もない私はいとも簡単に一人になってしまうのだ。




──お父さんとお母さんが、僕のほうに両手を差し出すのが見えた。お母さんの口は、そのときたしかに、僕の名前を呼んでいた。三年ぶりのことだな、と、最後に思った。


(道尾みちお秀介しゅうすけ向日葵ひまわりの咲かない夏』より)

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