40 問題提起
哲学なんてただの気休めだ。でも、それで生きるのが楽になるなら、好きなことを言ってしまえばいい。
金属の扉は冷たさを背中で感じる。屋上に続く扉の裏で、響子は息を吐いた。
一段一段踏みしめるように降りて、その途中、段から顔を上げると踊り場には優がぽつんと立っていた。
「優ちゃん」
優は両手をポケットに入れて、何も言わない。ゆっくりと口元に笑みを湛えて、いつも通りの上目遣いで、でもいつもと唯一違うのはなんだか優しさを感じるところ。
「どうしたの? そんなところで」
響子は何気ない様子を取り繕う。そう言っても優は黙ったまま表情を変えなかった。
「……私」
おもわず響子は口を動かしていた。けれど優が眉を動かすのを見て、響子は言葉に詰まる。
ふと優を呼ぶ声が聞こえて、優はそちらに顔を向けた。笑みが一瞬途切れる。
響子は優の側をすり抜けて、気づけば逃げていた。
「優! ……あれ、今小森いなかったか?」
「拓実」
「うん?」
「バカ」
急な罵倒に福島拓実は目を丸くする。
「否定しないけどさぁ、酷くね? 急になんだよ」
「響子をまた一人にさせた自分への叱責」
「は、何の話?」
「独り言。さ、帰ろ。実力テストの結果悪かったから、ゲーム禁止勉強会するんだろ」
優は拓実を乱暴に扱って、リュックを取りに自教室の扉を開けた。無人の教室、青空を映す窓ガラスが空虚を浮き彫りにする。
波が寄せる。
優は教室の窓から校門を見下ろした。葉桜になりかけている桜並木からだけは目を逸らす。
これはただの初期微動だろう。
優には別段未来視などない。ただちょっと鋭い勘だけだ。それ以上でも、それ以下でもない。
しかし一つの歯車がかち合えば次々と回り始めることを、優は知っている。
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