ガラスの靴を履いたクズ
耳障りな水音と共に蠕動する仄暗い臓腑の中を、目映い二色の閃光が原因を直接潰すべく疾駆する。 当然、肉の迷宮の主人も死の運命をあっさり受け入れるつもりは無いようで、頭上、真下、肉の襞の影といった死角から次々と自家製イミュニティをミサゴとアイオーンへ地と差し向けていた。
しかし今さらそんな物で止まってやるほど、ミサゴは甘くも迂闊でも無い。
「雑魚が邪魔するな」
ミサゴ自身の極めて優れた第六感と左眼のアンプに備わった回避パターン解析プログラムがシナジーを起こしたのか、普通なら避けることなど不可能であろう奇襲をあっけなく看破し、襲ってきたイミュニティ共を逆に殺し尽くす有様。
避けて殴り潰し、受けて両断し、近寄られる前に爆殺する。 不利な状況に立たされるよりも早く問題を解決し続ければ、雑魚相手に不覚を取るなど有り得ないとミサゴは正面から向かい来る化け物を一心不乱に殺し続けた。
しかし敵陣に乗り込んでいるという状況故か、新手として送り込まれる化け物の展開は極めて早い。 規模が大きめの敵集団を蹴散らし、一気に足を進めようと試みると即座におかわりが肉壁から染み出すように現れる。
「本当に諦めが悪いな鬱陶しい!」
ブレードにこびり付いた肉片や血潮を拭い取り、打ち鳴らすよう振り回しながら新手を迎撃していくミサゴ。 しかしリソースを他に割り振るということは、他の行動が鈍ることに他ならない。
「顔も知らんダニ野郎に時間をくれてやるのも癪だってのに……」
「大丈夫よミサゴくん、貴方だけの手に煩わせない」
「何だって?」
暫し黙っていたアイオーンの思わぬ返答に、ミサゴはブレードを振るいながらも思わず困惑を露わとする。
「気持ちはありがたいが雑魚相手に遊んでるとガス欠するぞ」
「問題ないわ、私も力の使い方が何となく掴めてきた気がするから」
ミサゴの懸念を余所に、追いすがってくるイミュニティ共に向けて淡く輝く魔杖を突きつけるアイオーン。 彼女の言葉通り魔杖の先端から溢れ出したのは、今までのような破壊的エネルギーでは無く、規則的なパターンを描いて宙を揺蕩う光の帯。
「がむしゃらに追ってくるのなら、足下に添えておけばいい」
敵が向かいくるコースを見切ってアイオーンが大きく魔杖を振るうと、紫紺の色彩を帯びた光の海原が野火のように広がり、不用意にもそこへ飛び込んだイミュニティ達の身体を瞬く間に沸騰させ煮殺した。
幻想的に瞬く光の波間から垣間見えるのは、身体の水分を余さず奪われ真っ黒に焼け焦げた謎の物体だけ。 それが死骸だとは、死んでいくのを目撃した者以外には分からない。
「これは!?」
「大したことないわ、ただ私の力を薄く広く伸ばしただけだもの」
ここまで器用に力を扱えたと知らず驚くばかりのミサゴに対し、ただ柔らかく微笑みかけるアイオーン。 普段から愛想が悪いミサゴの驚く顔が見られたのが余程嬉しかったのか、彼女の力は枯れるどころか際限なく満ちるばかりだった。
一方、仔細を何一つ知らないミサゴには不安だけが募っていく。
(ほんの少し離れている間、彼女に一体何があった?)
前方に立ち塞がるイミュニティ共を一網打尽にする合間、新たに湧いた疑念はミサゴの拭うブレードの閃きを微かに曇らせ、太刀筋を鈍らせる。
「ッ!?」
「どうしたの?」
「何でもない。 ちょっと考え事をしていただけだ」
通常であればあっさり両断可能なレベルのイミュニティを一匹、強引に引き裂いて通過したことを「らしくない」と考えつつも、進軍自体が止まることはない。
殺し、斬り開き、吹き飛ばす。 たったこれだけの単純な行為を延々と続けた結果、二人は肉の侵蝕が及んでいない大空洞へと導かれた。 幸いにも肉塊のイミュニティ達のテリトリーでは無いようで、壁やら天井やら無限に湧いてくるようなインシデントはない。
「ふぅ……」
「毎度のこととはいえ、ホント好き勝手やりやがる」
とにかく一旦足を止めるにはキリが良い。 馴染みのある地面にゆっくりと降下したミサゴは現状確認の為、上に残した企業の連中に通信を送り付ける。 あわよくば企業の戦力をここまで引き入れ、効率良い殲滅を行おうという腹づもりだったが、その考えは脆くも打ち砕かれた。
「通信が届かないだと? 低深度向けの地中間ネットワークはまだ使えるはず……」
二度、三度、こちらからコールしても誰も返答に現れる者はいない。 企業どころか、地底にある程度の拠点を構えたハイヴすらも。
「クソ! 一体何がどうなって……」
「ミサゴくん!あれを!」
突然の異常事態にミサゴは思わず言葉を荒げたが、アイオーンが示した先に視線を動かすと、憤りの矛先は自然とそちらへ移った。 アイオーンが指し示した先に転がっていたのは山のような死体と、破壊されたアンプの残骸。 即ち今回の騒動を引き起こした連中の末路と思しきものだった。
「身の丈に合わない物に関わるからこうなるんだよ」
悪党がどれだけ惨たらしく死のうが何の意味も無い。 だが万一何かしらの組織に所属しているのなら話が変わる。
「さて、どこのアホがこんな真似を企てたのやら」
一つ、また一つと死体を自前のバウンティデータと照合しながら改めていくミサゴ。 だがやはりというべきか目に留まるような記録は一切無く、小粒の賞金首や傭兵、データ無しの余所者等いくらでも使い捨てが効く人材ばかり。 どこかの偉い誰かに引っ掛かりそうな気配はない。
「すっとぼける準備はいくらでも出来てますってか? ふざけやがって」
自己保身だけは一流の名も知れぬ誰かへ当たり散らしつつも作業の手は止まらず、ミサゴは壊れたアンプの山を丁寧に崩していく。 当然、目に付くものは捨て駒が装着するに相応しい低クラスの物ばかりで目に付くような物は皆無。
最早手掛かりなどない。 そう諦めかけた時、一際美しい光沢がミサゴの目を捉えた。
ゴミ山の底に埋もれていたのは、つま先から脚の付け根までを丸々構成した製造元不明のアンプ。 全体をクリスタルガラスの如き透明で美しい装甲に覆われ、ガラスの靴を想起させるそれは、明らかに普通の代物では無い。
「労働の甲斐が多少はあったってことか」
これで無駄足にならずに済みそうだと、ミサゴがふと気を緩ませた。
――刹那、悲鳴のような警告が耳を劈き、ゾッとするような悪寒が背筋を駆け抜けた。
「駄目! それは違う!」
アイオーンが叫ぶと同時に、猛烈なアドレナリンがミサゴの体感時間を大幅に鈍化させる。
極限まで圧縮された世界で見せ付けられたのは、ガラスの靴が自ら意志を持つように身を跳ね上げ、サマーソルトキックの要領で首を刎ねんとする姿。
咄嗟に身を逸らして躱すも繰り出された蹴りのキレは極めて鋭く、斬られた前髪が数本僅かな間を置いておいてはらはらと地面へ落ちた。
「おやぁ外れちゃったかぁ、流石は噂に名高い期待のホープ。 そう簡単に首級はくれねぇかい」
「くっ! なんだと!?」
生存者はいなかったはずだとミサゴが死体の山を睨むも束の間、蹴りの勢いそのままに飛んでいったガラスの靴が、息を吹き返した脚が無い死体を丁寧に拾い上げると、それと合体して本来の姿を露わとする。
一般市民とは異なる独特な雰囲気を発する、顔まで綺麗に覆う薄いパワードスーツを纏った良い声の男。 血一滴すらロクに落としていない故、詳しい素性は一切窺えない。
……そのはずだが、ミサゴの表情は極めて激しく歪んでいた。 イミュニティやコズモファンズに向ける殺意とは一線を画する、大気が歪むような憎悪を剥き出しにして。
「馬鹿な……、何故テメェがここにいる? 罪人であるはずのテメェが」
「さぁ誰のことだい? 俺はしがない片羽のカケス。 君のような下層市民は記憶の欠片にもないなぁ」
「ふざけるなよ……このダニが……!」
両手を固く握って武装を生成し、カケスと名乗った男へ躙り寄っていくミサゴ。 まさに一触即発の状況だが、睨み合う二人より先に動いた影があった。
(邪魔しないでこのまま死んで)
カケスの死角へ素早く飛び上がり、魔杖を掲げていたアイオーンの周囲に膨大な力場が現出する。
このまま不意を打てば殺せる。 彼女は確信し魔杖を振り下ろそうとしたが、壁を食い破って突如現れた肉色のイミュニティに横合いから突進を食らい、そのまま大きく弾き飛ばされた。
「キャッ!?」
「アイオーン!!!」
「よそ見してくれんな、お前の相手は俺だからよ」
視界外へ飛んでいったアイオーンまでの道を阻むように、カケスは鋭利な蹴りを繰り出しながらミサゴを制する。
「かよわい生き物VS恵まれた化け物の2on2だ。 今度こそ公平に愉しもうじゃないか。 なぁ“鳥飼鶚”君?」
「……恵まれたカスはテメェだろうが」
ヘラヘラと笑う男へ向かい、ツカツカと恐れなく歩み寄っていくミサゴ。
それは激しい殺意を伴う突撃へ代わり、裂帛の咆哮が静謐に沈んだ大空洞を瞬く間に満たした。
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