腐肉を断つクルセイド

「ゴボァアアア!!!」

「やかましい豚が!」


 巨大な肉の怪物が水っぽい咆哮を上げて跳ねると同時、蒼白い軌跡を残して加速したミサゴが漆黒の拳を化け物の横っ腹に叩き付ける。


 なだらかな水面に高質量の塊を投げ落としたかの如く、肉の鎧の表面を波状に視覚化された衝撃が走り抜けると、耐えられなくなった化け物の肉体はあっさり砕け散り、毒々しい色彩りの体液と臓物を思い切りばらまきつつ炸裂した。


 四散した鮮血が床や天井、中にクローニングされた肉の芽を収めた水槽状の装置を汚すと、すぐさま饐えたような強い臭いが施設内に漂う。


 勿論、それはただの異臭ではない。 同族に死者が出たことを知らせる警告であり、殺すべき敵を見つけたという狼煙でもあった。


「ギョアッ!」

「ギュアアアッ!」


 床に開けられた肉色の大穴から響く気味の悪い鳴き声の輪唱は、瀑布の如き大軍勢襲来の予兆に他ならない。


「……雑魚が群れやがって」


 大穴の淵に立ち、冷淡に呟くミサゴの心に恐れは無い。 面倒事を押し付けてきた企業への苛立ちと、休みを台無しにされた怒りが火種となり、食欲だけを剥き出しに向かい来る下劣な怪物への殺意が赤黒く燃えた。


「そこまで腹空かせてるなら恵んでやるよ。 俺は慈悲深いからな」


 左腕と融合するように生成されたキャノンを穴の底へ向け、闇の中に隠れた怪物共の眉間を睨む。 ミサゴの左眼が映し出した無数のロックオンマーカーは、他ならぬ死出の旅への片道切符。


「死んでろ」


 何の感慨も無くボソリと彼が呟いた瞬間、目を覆うような殺戮が始まった。 周辺の物質を弾の材料として強制徴収し変換する給弾方式の為、弾切れの心配は無い。 故に、爆発を伴う死の嵐が止むことは決して無く、化け物共はただ一直線の肉の縦穴を登り切ることが出来なくなった。


「スゲェ……、これがエグザルテッドクラスのアンプの暴力……」

「お世辞はいいからさっさと増援を呼べ。 侵攻ルートは恐らくここだけじゃない」

「は?」


 あまりに一方的な戦いに、本来ここを護るべきである兵士達が手持ち無沙汰になっていたところ、ミサゴの有無を言わせぬ指示が飛ぶ。


 どういうことかと兵士の一人が問い返そうと試みたが、分厚い鋼鉄が敷かれた床がめくれ上がったのがそのまま答えとなった。


 ミサゴが制圧している巨大な縦穴に続き、第二第三の小さな穴が次々と開通させられ、臭気に引き寄せられた怪物共が施設内への大規模な侵攻を開始した。 クロウラーが普段相手にしているイミュニティと比較すれば小型で脆いが、普段人間を相手にしている兵士達にとっては話が違う。


「ひっ!? 何だこいつら!?」

「怯むな黙って撃て。 理不尽に殺される前に殺し続けろ。 その上等な銃は玩具か?」

「ええいクソ黙れ! こんなところで死んでたまるか!」


 ミサゴの冷徹な叱咤にプライドを刺激され、戦いを選んだ兵士達は隊列を組み必死にトリガーを引いて肉の波に抗う。 だが、彼らの銃が対応している弾はあくまで人間用であり、ヒトより体躯が優れた化け物を狩るには明らかに力不足だった。


「だ……駄目だ! 押し返せない!」

「来るな来るな来るなああああ!」

「うわああママーッ!!!」


 先ほどミサゴへ向けた威圧的態度が嘘のように、情けなく上ずった兵隊達の悲鳴が木魂する。 戦意など既に無きに等しく、トリガーを引き絞る気力すら尽き果てる有様。


「上等だ、この際一匹残らず俺一人で」

「大丈夫よミサゴくん、私だってここにいる」

「……なんだって?」


 あまりの味方の不甲斐なさに、全ての敵をまとめて相手しようと覚悟するミサゴだが、脳裏に直接送られてきたアイオーンの声が、眼前の敵だけに集中するよう強く働きかけた。


「今の私は無責任に殺戮光線を垂れ流すだけの小娘じゃない。 私だって誰かと轡を並べて戦えるんだから」


 身体に刻まれた茨状の紋様を淡く輝かせ、向かい来る怪物達を負けじと睨め付けながら彼女は念じ求める。 自身に秘められた力を十全に振るう為の魔杖を。


 程なくしてそれは現れた。 深い地の底に在るアイオーンの求めに応じ、物理的に遮るもの全てを易々と刺し貫いて。


「な……馬鹿な! どうしてそのレリックを君が!?」


 ハイヴによって回収された後、他のレリック同様厳重に保管された筈だと驚愕の声をあげるミサゴだが、納得のいく答えが返ってくることは無い。


 まるで生きているかのように熱を持つそれがアイオーンの肌に触れると、彼女の体内で無秩序に荒れ狂っていた超自然的エネルギーが自然と調律され、高度な力の扱い方が可能となる。


 しかしそれは、彼女の意識下に眠る肉体の共有者が目覚める合図でもあった。


『アハハハ無様ね、自分達の手に余る物を無闇に増やした挙げ句手を噛まれるなんて』


 アイオーン以外には誰にも見えず触れることもできないイマジナリーフレンド。 凄艶なる蒼肌の乙女は現れて早々、怯え竦んだ兵士達を間近で蔑むと、アイオーンを後ろから抱き締めるように腕を回しながら囁く。


『薄々気付いてると思うけど、こんな雑魚だけ殺し続けてもどうにもならないわ。 この騒動を終わらせたいなら根元から潰さないと駄目。 持ち出された肉の芽自体を潰さない限りは』

「そうなのね、でも今は目の前のヤツらをやっつけないと」

『でしょうね、だったら』

「『死になさい』」


 何の感慨も無い、冷たく、残酷な言の葉。 それが紡がれると同時、アイオーンの手にしたレリックから放たれたホーミングレーザーが、向かい来る化け物共を余さず貫き絶命させた。


 爆炎と衝撃、そして金属片が混じった死の風を無情に吹かせるミサゴとは対照的に、極彩を帯びて身をくねらすアイオーンの力は蠱惑的で美しい。


「これは……」

「言ったでしょ? 私もちゃんと戦えるんだって」


 辺り一面に散らばった肉片と血溜まりの上を滑るように浮遊しつつ、アイオーンは容赦なく怪物共を狩り続ける。 ミサゴが殺し続ける分と合わせて、肉の迷宮で造り出される兵隊の供給が間に合わなくなる程に。


「助かったよアイオーン、おかげであちらさんも少しは落ち着いてくれた」

「でもこのままじゃいつか私達も押し潰されちゃうわ」

「だったら繁殖機能を潰せば良いだけの話だ。 完全なる無からポコポコ生まれてるワケじゃないだろう。 きっと女王かそれに匹敵する存在が奥に居座ってる。 だから俺はこうする」

「え?」


 敵の勢いが削がれ落ち着く暇も無く、大穴の淵に辛うじて立っていたミサゴは生成されたブレードを抜き払うと、何の躊躇も無くアイオーンの目の前で身を投げた。


 事は一刻を争う。 ハイヴや企業の増援を待ってたら必ず後悔するという懸念から出た無茶だったが、それに追従する者が一人だけいる。


「待って! 私を置いていかないで!」

「馬鹿言ってるんじゃない、危険だぞ」

「知ってるわ。 でも貴方がそばにいてくれるでしょ?」

「……まったく」


 無謀な行為であったにも関わらず、屈託無く全幅の信頼を委ねて追ってくるアイオーンの姿に強い危うさを感じるミサゴ。 しかしそれと共に、何とも言えない落ち着く気持ちが湧いてくるのも事実だった。


「どうしたんだ俺は……」


 自分らしくない。 今は鉄火場のはずだと彼はすぐさま気持ちを切り替えると、蒼白い焔の羽根を撒き散らし、臓腑の迷宮の底へ落ちていった。

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