お隣さんは負けヒロインだったらしい

3pu (旧名 睡眠が足りない人)

第一話 お隣の負けヒロインをお持ち帰りする


『好きです』

『ごめん。君とは付き合えない』


 とある少女が少年に想いを打ち明けた。

 長年温めていた大切な気持ち。

 純粋で、綺麗で、でも不純で、薄汚れていて、この世で一番尊いもの。

 だが、世界は残酷だ。

 例え、フィクションの世界だろうと必ず報われるとは限らない。

 

「……予想していたとはいえ胸糞悪い」


 氷田ひだれいは苦い顔をして、読んでいた漫画を本棚に戻した。

 ネットで面白いと噂されていたので、暇つぶしに読んでみたのだが気分は最悪。

 一番好感が持てて応援していたヒロインが負けヒロインだったのだ。

 どうせフィクションの世界なら全員が幸せになる道があっても良いのではないだろうか?

 冷が不満を吐き出すように溜息を溢した。


「こっちは仕事中に堂々と立ち読みされて複雑な気持ちだよ!」


 次の瞬間、後ろから女性の声が響き冷の頭に衝撃が走った。


「あだっ!すいません」


 反射的に頭を押さえ、若干涙目になりながら振り返るとそこにはショートの髪に赤色のメッシュを入れたファンキーなお姉さんが立っていた。

 彼女の名前は浜崎のどか。

 冷が働いている本屋のバイトリーダーで、見た目にそぐわず県内でも有名な大学に通っている。

 快活で面倒見が良いお姉さんで冷を含めたバイトメンバーから慕われているが怒らせるとヤバいとも恐れられている。


「はぁ、やるんなら見つからないよう上手くやんな」

「ういっす」


 冷は雷が落ちるのではないかとビクビクしたが、本日は大雨で人が居ないこともあってお咎めは軽めで済んだ。

 遠ざかって行く背中を眺めながら頰から流れ落ちた冷や汗を拭ってやると、本の陳列作業に戻った。


「おつかれさまでーすー。さきしつれいしやーす」

「はい。帰りは気をつけるんだよ」


 それから、真面目に作業すること一時間。

 退勤時間を迎えた冷はのどかに挨拶をした後、タイムカードを切って店を出た。

 外に出ると空模様は相変わらず最悪。

 大量の雨が降っており、けたましい音を立てていた。

 これだけ激しいとカッパを着ても多少濡れてしまうだろう。


「これは家に帰ったらすぐシャワーだね」


 冷は顔をげんなりとさせた後、目深にカッパのフード被ると自転車に飛び乗る。

 そして、タイヤを滑らせないよう注意しながら帰りの道を急いだ。

 

「……あーホント最悪。びしょびしょだよ」


 数分後。

 何とか家に帰ることは出来たが、数回程真っ正面から風とぶつかりフードが外れため上半身はずぶ濡れ。

 身体が冷えてしまって仕方ない。

 寒さに身を縮こまらせながら、マンションを階段を上り自分の家がある三階へと上がる。


「うわっ!」


 これでようやく暖められる。

 そう冷が思いながら曲がり角を曲がると、何かに足を取られたたらを踏んだ。


「な、なに?」


 普段であれば絶対に躓かない場所で、足を取られたことに目を白黒させながら足元を見ると、そこには見覚えのある茶髪の少女が体育座りをしていた。


「えっぐ、あぁ……」


 そして、少女は冷とぶつかったことなどまるで気づいていないようで、膝に顔を埋め嗚咽を溢し続けていた。


「……えーっと、あーー、どうすればいいの。これ?」


 まさか、知り合い?(顔を合わせたら軽く会釈をする程度の仲)女の子が泣いているところと遭遇するとは思ってもいなかった冷は困惑。

 ここで見て見ぬふりをするのは流石に寝覚めが悪い。

 本当どうしたものか?とオロオロしながら彼女が泣いている理由を考える。

 

「……あのー。もしかして、鍵忘れたの?」


 雨の日。

 家の前。

 泣いている女の子。

 これら三つの要素から推測するにこれしかない。

 恐る恐る尋ねると、少女は顔を上げ潤んだ瞳で冷を捉える。


「あっ、えっぐ。ち、ぐすっ……」


 そこでようやく冷の存在をした少女は、問いかけに対して答えようとしたが呼吸が定まらず、言葉が続かない。


「……うぁぁぁーー」


 そんな自分に嫌気が差したのか少女は涙を滲ませ、再び顔を膝に埋めて泣くのを再開してしまった。

 

「……えぇー」


 何か分かると思ったら結局何も分からない。

 生殺しを喰らった冷は困惑の声を上げ、誰かに助けを求めるように辺りを見渡す。

 だが、周囲に人影はなく廊下には冷とお隣に住む少女しかいない。

 もしかしたら、彼女の家族がいるかも?と呼び鈴を鳴らすも反応なし。

 完全に打つ手が無くなってしまった冷は、わしゃわしゃと濡れた髪を掻いた後「はぁーー」とクソデカ溜息を吐く。


「とりあえず家来る?ちなみに拒否権はないから」


 そして、少女に一方的にそう宣言すると家の鍵を開け、泣きじゃくる少女をお持ち帰りするのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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