護法大将降魔命像損壊事件
再びの補修地獄を終え、風龍大社での祭祀を控えたエトはナルカミ、サイバネの二人と共に特別クラスの演習場へ足を運んでいた。
『憑依召喚 日天子・風天辰・岩天巳・月天午・薬天未・炎天申』
『三会四局 夏』『四方三合 南』『二支対衝 光闇』
エトが背負う光輪に繋がれた十二の光球。その内の六つに一際強い輝きが宿る。
形成された大岩は引力により大地をめくり上げて質量を増し、炎を纏うと共に周囲に有害な嵐を巻き起こした。そして、まるで小さな太陽の如き輝きを宿すまでに至る。
『フウさん! このままだと崩れちゃいますよ!』
『ミミよ。もう少し頑丈に作れんのか?』
『ママが素材を集め過ぎなのです。もう少し抑えてもらえませぬか?』
『これでも抑えてるわ! ヨウちゃん! なんとかしなさい!』
『はー、めんどー。エンは火力あげてくれるー。反応が足りないんだよねー』
『もうやってるわよ! ちょっと待ってなさい!』
「六つ同時ってのも大分慣れて来たな」
十二支たちの連携スキルも大分向上したように感じる。たぶん、おそらく。
以前のエトが憑依召喚中に扱える属性は四つまでだった。だが、封印が解かれて以来六つまで扱えるようになっていたのだ。
つまり、二人分のコントローラーが追加されたということ。さらに出力まで上昇したことでこれからは融合召喚に頼らずとも済むかと思われた。しかし、むしろ十二支たちの連携の拙さが致命的な事態を引き起こしかねないことが露呈する羽目に。
そこで演習場を借りて特訓に励んでいるのである。
「なんかもう凄いことになってるね」
小太陽の崩壊と大爆発を見届けたエトは刹那の内にナルカミによって退避させられていた。
「おう、悪いな」
「何で逃げないのさ。君が巻き込まれて連鎖爆発したら不味いでしょ」
「さすがにしねえと思うぞ。自爆も俺は平気だし」
基本的にエト及び十二支たちの技は彼自身を傷つけない。むしろ回復するほどだ。何故ならば十二支たちにより夢境を利用した回避と吸収が行われているからである。
封印前は過剰な負荷でエトが傷つくこともあったが、今ではそれもほとんどない。ただし、十二支たちは夢境の真の主ではない上、なんとなくで使っていることもあって限度はあるのだが。
「成程ね。今度、本気でやり合わないかい? 加減しなくてもエトなら死なないでしょ」
「嫌ですけど! たとえ死ななくても痛いものは痛いんだぞ!」
ナルカミの提案をエトは全力で却下した。
「残念だなぁ。せっかく獣化も形になってきたのに」
そう言ったナルカミの頭に犬耳が生えていた。それに伴い、雷轟夜叉状態の全身鎧も頭部を含めて一部が欠けている。
「まぁ、様にはなってるな。似合ってるぜ」
「そうかい? それはありがとう」
「ちっ、嫌味の通じない奴め」
「おや、嫌味だったのかい?」
「恥ずかしくないのかよ?」
「大勢の前に立ってるわけでもないし、何より強いからね」
「そのメンタルは羨ましいぜ」
二人が軽口を叩き合っていると、小型の機械竜が彼らの元へやってきた。よく見ればいくつもの小型機械竜が爆発跡のあちこちを捜査するように展開されている。
『無事で何より。二人の実力であれば問題無いと分かっていたが、万が一を起こさないためにも確認させてもらった』
小型機械竜からサイバネの声が発せられる。なんと索敵だけでなく音声通信機としての機能まで備えているのだ。
「サイバネもどんどん便利になってくよな」
「どこでも連絡を取り合えるし、家にもこの子機一台欲しいね」
二人は新たな機械竜の活用法を話し合う。そこへ親機である機械竜と共にサイバネが降り立った。そして、展開されていた子機を次々と回収していく。
「まだ難しいな。性能と利便性は増したが活動時間と活動範囲、負荷の上昇など問題は山済みだ」
三人はそれぞれの初等部では並ぶ者のいない強者であり、それ故に己の力を高めようという意欲に欠けていた。戦闘狂の節があるナルカミでさえ強くなることより全力を出せる相手を求めていたように。
しかし、互いに高め合うことのできる存在を身近に得たことで急激にその実力を伸ばし始めていた。
「そういや次の休みってなんか予定あるか?」
「私は高天原に戻り、各地の大社が執り行う祭祀の取り纏めを手伝う予定だ。それと、テンコとアマツの二人とも次の休みには戻ると約束したのでな」
「そんなこと言ってたね。僕も一度実家に帰って祭祀のお手伝いだよ。夜叉一同総出で魔獣を狩って、ご先祖様と一緒に黄泉へ送り返すって風習なんだけど、エトも参加するかい?」
「なんだその血生臭い風習は。俺も風龍大社の祭祀に呼ばれてるからパス」
「ほう、この時期にある風龍大社の祭祀といえば送龍儀式か」
「送龍儀式?」
「藁で編まれた巨大な龍に火を点けてお焚き上げを行うという送り火の中でも一際派手な祭祀だ。民衆からの人気も高く一見の価値はある。楽しんでくるといい」
「へぇ、そりゃ確かに楽しめそうなんだが」
「どうしたんだい? らしくないね」
煮え切らないエトの態度にナルカミは違和感を覚えた。こういう時、エトは何か隠し事をしているともう分かっている。
「はぁ、何かあるなら言ってみなよ。聞くだけ聞くからさ」
「何かあったのであれば、可能な限り力になろう」
エトは迷った。このままだんまりを決め込めば二人はこれ以上追及してこないだろう。しかし、このまま祭祀へ参加することに不安があるのも事実。
「うっ、実はこの前……」
結局、エトはムラクモの娘であるナナヨと風龍大社に行った際のことを話すことにした。
「「ご神体を壊した!?」」
「で、でけぇ声で言わないでくれ。誰かに聞かれたらどうすんだ」
「いや、そういう問題じゃないでしょ」
「でも、なんか勝手に壊れて中身が飛んできたようなもんだし」
『もっとも妾がやったことじゃがな』
『お前、反省しろよ』
『何故じゃ? 己の心臓を取り返しただけだというのに』
『返してこいとは言わねえけどさー。お前らならもっとこう、どうにか上手く出来たんじゃねえの?』
『有象無象に気を遣って何になる?』
『何でこんなのが祀られてたんだか』
『知らぬ。今も昔も勝手に崇め畏れるのが人の子よ』
エトは溜息をついた。尚、フウとやり取りしている間の彼はナルカミとサイバネの前で百面相を披露している。
「何やら事情があるのは察した。だが、風龍大社の者には早急に打ち明けるべきだ。このままでは要らぬ混乱を……」
「お兄様~!」
サイバネの言葉を遮り、ナナヨが大声を上げながら猛スピードで駆け寄って来る。獣化しているためか凄まじい脚力であった。
「お兄様? サイバネの親戚?」
「いや、彼女は確かムラクモ殿の息女であったはず」
「なんか前世で兄妹だったとか言われててよ」
「エトってそんなのばっかりだね。まぁ、また家族が増えて良かったじゃん」
「何も良くないが?」
「大変ですわお兄様! 風龍大社のご神体が何者かに破壊されてしまいましたの!」
ナナヨの通達にナルカミは肩をすくめ、サイバネは黙禱を捧げるように目を閉じる。
「まさかこんなことでエトとお別れになるなんて」
「拘留中も面会には必ず行くと約束しよう」
「えっ、そ、そんな!? 犯人はお兄様だったのですか?」
二人の反応から事情を察したナナヨは絶句したとばかりに口元を袖で覆った。そのままよよよと涙を流す姿は本気にしたのかノリが良いのか判断に困る所である。
「待った! 確かに俺は一回壊したけど! その後ちゃんと直したぞ! 結界だって強化したし!」
必死の弁明により取り敢えずお互いに詳しい事情を話すことになった。その結果、ご神体の器であった仙人像ごと本殿までもが破壊されていたことが判明する。
「本殿は壊してないぞ!?」
「つまり、お兄様は犯人ではないと?」
「本殿を壊したのが別の犯人なだけで、ご神体の中身を盗った真犯人はエトだよね?」
「だから、勝手にご神体の中身が飛んできたんだって」
「ならば、それは今どこに?」
『何処よ?』
『妾の心臓になっておるぞ。つまり、主の心臓と一体になったともいえるのう』
「……心臓と一体化してるっぽい。元々、昔の自分というか先祖の龍の心臓だったみたいだし」
「心臓かー。エトならちょっと取り出して戻せたりしない?」
「無茶言うな。それこそ爆発すると思うぞ」
「爆発? ご神体の中身がですか?」
「いや、俺が」
「お兄様が!?」
「改めて、実に摩訶不思議な体質だ」
「実演してあげれば?」
「嫌だよ!?」
その時、校舎から鐘の音が聞こえて来た。朝礼の合図だ。
「えーと、一先ず俺は今から風龍大社に行った方が良いのか?」
「そうして下さると助かるのですが」
「まぁ、風龍大社の人たちにも早く謝って説明した方がいいでしょ」
「欠席理由についてはこちらで伝えておこう」
「悪いな、頼む。ヒノ先生に直接言うのはちょっと怖かったから助かるぜ」
事情説明を二人に任せたエトはナナヨと共に学園を出た。
「そういや、どうやってここまで来たんだ?」
「走って来ましたわ」
「マジで?」
驚きを露わにしたエトであったが、獣化した状態であれば走った方が早いかもしれないと思い直した。
『簡易融合召喚 風天辰』
エトの頭から角が生える。ただ、今回の変化はそれだけ。尻尾が生えることもなければ、光輪を背負うこともない。
ナナヨの獣化を参考にした融合召喚の簡易版であり、通常の融合召喚に出力で劣り、使える属性が二つと少ない。その代わり憑依召喚に出力で勝り、深度2に達するまでの時間が長いのが特徴である。
「じゃあ、飛んでくか」
「そういえば先日も思ったのですが、お兄様は飛行免許をお持ちでいらっしゃるので?」
「……やっぱ走ってくか」
こうして二人は風龍大社のある龍門町まで走ることとなった。
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