由緒正しい?姉妹

 高天原。それは『国主』とそれに次ぐ家格を誇る『大社』の御所や国主の下で国の軍事・経済・外交を担う『草薙』『八坂』『八咫』の家名を与えられた者達の住居、公的行事や政務を行う宮殿などがある敷地一帯を指す。

 その一角に特殊な岩戸で封じられた入口がある。

 本来であれば厳重な警備と結界により岩戸の前に立つことさえ困難なはずだったが、エトとテンコは一瞬で岩戸の前まで転移していた。


「さすがに中へ転移することは出来ませんでしたか」


 エトはそう言いながら特殊な封印処置がされた巨大な岩戸を小事も無しとばかりに片手で押し退ける。

 細腕で軽く押したようにしか見えなかったテンコはびっくりして目を丸くした。相方の白い狐の召喚獣も耳と尻尾を逆立てている。


「では、人が集まって来る前に参りましょう」


 エトは露わになった階段をそそくさと降りていく。白い狐に跨ったテンコはその背中を慌てて追いかけた。

 階段の先は地下宮殿へと通じており、迷路のように入り組んだ回廊が張り巡らされている。一度足を運んだことのあるテンコも道を覚えておらず、案内役がいなければ彷徨う他なかっただろう。

 もっともその案内役は正規の人間ではないので道順など知らないはずなのだが、エトは勝手知ったる様子で迷いなく先へ進んでいく。


「おぬしは一体何者なのじゃ?」


 今更な質問にエトは少しだけ考え込むような素振りを見せた。


「実を言うと私自身もよく分かっていないのです」

「どういうことじゃ?」

「話せば少し長くなりますが、先も長そうですし。丁度いいかもしれませんね」


 終わりの見えない回廊を歩きながらエトは話し始める。


「まず、エトという名前に聞き覚えはありますか?」

「兄上の学友と聞いたのじゃ」

「一応、確認しておきますが、兄上とはサイバネのことでしょうか?」

「うむ」とテンコは頷いた。

「では間違いないでしょう。この身はそのサイバネの学友たるエトのもの。私はその身に間借りしているだけの存在に過ぎません。こうして私が表に出ているのは緊急時故の異例の措置なのです」

「ちょっと待つのじゃ。兄上からそのエトとやらはクラスメイトの男と聞いたぞ。おぬしはどう見ても兄上より年上の女ではないか」

「おや? 肉体を変化させる程度なら彼の目の前でもエトが披露していましたが、やはり口の堅い御仁ですね。もっとも口下手なだけかもしれませんが」

「むっ、兄上を馬鹿にしておるのか?」

「いえいえ、まさか。感心するばかりです」


 エトはどこからか取り出した扇子で口元を隠しながらくすくすと微笑んだ。

 やはり馬鹿にされているのではないかとテンコは思ったが、妙に怒る気になれない。


「それはさておき、私は生まれた時からエトと共に在りましたが、他には誰もいませんでした。転生に不備があったのか記憶も曖昧で、同じ腹の中で育った姉のような、あるいは産み育てた母か娘であったような、またあるいは共に生きた恋人か夫婦だったような、はたまた従者かペットだったかもしれません。召喚獣とも混じってしまったようですし、それらの集合体という可能性もありますね」

「う~む、よく分からんのじゃ」

「一つ確かなことがあります。それは貴方が私達の血を継いでいるということです」

「ど、どういうことじゃ? 妾は父上と母上の子ではないと?」

「えーと、そういうことではなく。貴方からすれば私達は祖先、私達からすれば貴方は子孫ということです」


 テンコは困惑した。目の前にいる人間が祖先で、己がその子孫とは一体?


「私もこうして目の当たりにしているから分かるというだけでどういうことかまでは。ただ、祖先が同じというわけではなく私達本人の血が流れているのは間違いありません」


 他の血筋ならばともかくエトの血筋を見間違えることはあり得ない。それほどの自信と根拠を見抜く眼を彼女は持ち合わせていた。

 付け加えるのであれば、あの鎧武者の男もまたエトの血を受け継いでいた。それもテンコ達よりも色濃く。おまけに特殊な鎧で隠蔽されてはいたが、獣化まで用いていた。

 しかし、彼とテンコ達に血の繋がりは見受けられず、血の濃さも異なる。また別の時代の血筋ということだろう。


「エトは何度も転生を繰り返していたようですから、全くあり得ない話というわけではありません。もっとも、血の薄まりようからして何世代も遡るでしょうし、ともすれば千年以上昔のことかもしれませんね」

「大昔ではないか。ひょっとして大国主様だったりするのじゃ?」

「うーん、それは定かではありませんね。まるで覚えがないですし。まぁ、私のことはエトに取り憑いている召喚獣のような姉と思って下さい」

「ほう? ではおぬしのことはなんと呼べばよいのじゃ?」

「エトと呼んで下さって構いませんよ」

「今の話を聞くと、それは弟の名前なのじゃろう?」

「私達の総称でもあったのですが、そうですね。では、シイと名乗りましょうか」

「シイじゃな。うむ、よろしく頼むぞシイ!」

「はい、よろしくお願いします」


 エト改めシイとテンコは握手を交わした。加えて自己主張するように一鳴きした白狐を二人で撫でる。


「可愛らしい召喚獣ですね。毛並みも素晴らしい」

「じゃろう? 妾の自慢じゃ」

「そうですね。今度は貴方のことを教えて下さいませんか?」

「おっと、そうじゃったな」


 己の方こそ名乗っていなかったとテンコは思い至った。おまけに存在を秘匿されていた己のことなど本来知る由もないのだ。


「妾は『大社』のテンコ。テンコ様と呼ぶことを許すのじゃ」

「『国主』ではないのですね」

「『国主』と名乗れるのは常に一人と決まっておる。そして、今代の『国主』は姉上なのじゃ。妾はあくまで姉上の代理。故に兄上と同じ『大社』を名乗ることになっておる」

「成程。そのような風習が」


 シイから見てテンコとサイバネは血の繋がりが薄いと思っていたが、どうやら義理の兄妹であったらしい。一方でテンコと道の先にいる姉には確かな血の繋がりを感じる。こちらは実の姉妹で間違いないようだった。

 シイが先を見据えたからか、テンコも釣られるように回廊の先へと目を向ける。


「姉上は、七日前からこの先で眠り続けておる」


 思ったより最近の話だったとシイは思った。急な予定変更になるのも納得だ。


「何故そんなことになったのか。それは妾にも知らされておらぬ。じゃが、どんな理由があろうと妾は姉上を助けたい」


 シイは涙ぐむテンコの頭を優しく撫でた。白狐もテンコの頬を舐める。


「いい子ですね」


 今生のシイはこの上なく満たされていた。

 もはや記憶さえ定かではなく、どれだけの時間と手間をかけたのかも分からない。それでも今、自分達はエトと共に在る。その事実だけで花鳥風月を愛でる余裕があった。背景でしかない民と子孫にも優しくなるというもの。


「私も手を尽くしましょう」





 そうして、二人は最奥と思わしき広間までたどり着く。

 そこには巨大な結晶の中に封印されたテンコに似た面影の少女と白い龍の姿があった。


「……姉上」

「成程。封印を解く分には問題なさそうですね」

「真か!?」

「はい。ですが、この封印はテンコ様のお姉様があの召喚獣を抑えるために施されたもののようです。解いてしまえば再び暴走を始めるでしょう。そうなればお姉様も再び己ごと封印なさろうとするはず」

「ならば、どうすればいいのじゃ?」

「少し離れていてもらおうかと思っていましたが、これならば近くにいてもらった方が守りやすいですね」


 シイはテンコの手を取って繋いだ。


「決して手を離さないように。もしも離してしまえばあの世から手を振ることになると思って下さいね」

「ぜ、絶対に離さないのじゃ!」


 テンコは狐の召喚獣を戻し、両手でシイの手に縋りついた。

 そのまま結晶の前まで二人で進み出る。


「準備は良いですね」

「う、うむ、頼むのじゃ」

「いざ」


 シイが触れれば溶けるように結晶が消えていく。

 同時に周囲一帯の空間と重力が乱れていき、それに伴い暴風が吹きすさぶ。

 だが、シイ達が立つ中心部は穏やかなものだった。


「そういえばお姉様のお名前は?」

「アマツじゃ」

「では、起きて下さいアマツ様」


 シイがアマツの額に指を当てて名を呼べば、彼女は直ぐに目を覚ました。


「うぐっ、余の封印が……もう一度」

「止めて下さい」

「アイタッ!?」


 強い力でデコピンされたアマツは両手で額を抑えて呻いた。


「曲者め! 余を誰だと」

「姉上!」


 シイと手を繋いだまま飛びついたテンコにアマツの言葉が遮られる。


「テンコ!? おのれ! 何故連れて来た!」

「妾がシイを連れて来たのじゃ!」

「そうでしたっけ? どちらでもいいので、早く召喚獣を制御して下さい」

「それが出来れば苦労せんわ! 余に出来るのは己ごと封印」

「えいっ」

「!!!???」


 再びのデコピンがアマツを襲う。アマツは言葉にならない悲鳴を上げた。


「さ、先ほどから不敬ぞ!」

「諦める前に集中して下さい。思うままに動いてこその召喚獣。アマツ様の場合、無理に抑えようとするから反発するのです。被害は私が抑えますから、思いっ切り力を出し切ってしまいましょう」

「そんなこと出来るわけが」


 シイが指を振るえばまるで何事もなかったかのように周囲に刻まれた破壊の跡が元通りになった。そして、龍がどれだけ暴れて周囲の物を破壊しようとそれ以上の速さで巻き戻っていく。その様はどこか虚しさを覚える。


「ほら、この通りですからご心配なく」

「お主は一体……いや、やれるだけやってみよう」

 

 アマツは不安そうなテンコにぎこちなく笑いかけるとその手を握り締めたまま目を閉じる。震えているのはテンコかそれとも……。

 彼女の心に浮かぶのは『国主』を継いだ日のこと。その日は先代の国主である父の命日でもあった。

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