人獣演武

 演武の山場、大規模な炎と水の奔流が上空へ巻き上げられ、巨大な蒸気雲を形成した折、雲を突き抜け何かが降ってきた。

 それは数多の魔獣を繋ぎ合わせて人型に固めた醜悪な集合体。丸めた身体を起こしたそいつはあろうことか国主様がいるとされる一角へ向けて熱線を吐き出した。

 しかし、それは結界に阻まれる。

 いつの間にか透明な結界が舞台と客席を隔てていたのだ。それが副担任のフジによるものだとエト達三人は気付く。加えて競技場全体を覆うように張られた黒い結界がフジによるものではないことも見抜いた。


「どうやら不測の事態に陥ってしまったらしい」

「そんな予感はしてたけどね。御前試合がある明日明後日は今日以上に強者が会場に集まるし、何かあるなら今日だろうとは思ってたよ」

「はぁ~、クッソ良い所だったのに!」

『主殿ー、アレまた人が元になってるよー。今度は魔獣じゃなくて魔獣化した人をまとめてキメラにしたみたいだねー』

『まじかよ。また女にならなきゃいけないのか。それもこんだけ人がいる中で。おまけに前戦ったキメラより強そうだし。やりたくねぇ~』

『マスター、別に助けなくてもいいのでは?』

『そうよ。このままあの三人に任せておけばいいじゃない。わざわざ契約者が戦う必要なんてないわ』

『吹けば飛ぶような有象無象の命。あるじの心の平穏と引き換えにするものでもあるまい』

『……やるよ。やってやろうじゃねえか!』

『『『『『『『『『『『『なぜ?』』』』』』』』』』』』


 十二支たちの存在はエトにとっていい反面教師だった。


『ちなみにアレをちゃんと助けたいなら深度3は必要かもー』

『……まじかよ』

『まじまじだよー』

『ヤダー! あれやると戻るのに三日はかかるんだぞ! 恰好も女物になるし! あああアアアァァァ、もう! あいつら許さねぇ!』


『融合召喚 深度3 天魔降臨・裏』


 エトの体と服が形を変える。

 十二支たちが持つ本来の力に適した肉体へと成長し、それに相応しい装束に包まれる。

 頭の上からは大きな三角の獣耳を生やし、黒から銀色に染まった髪と背丈が伸びて体付きはより女性らしいものに。背には月を彷彿とさせる光輪を背負い、銀の装飾に黒と紅で彩られた着物を身に纏う。


「えっ、誰?」

「骨格から見ても別人だな」

「アァ!? 玉潰すぞ! いや、もういっそのこと別人扱いの方が」

「躁鬱かな?」

「見た目と言動の乖離が著しいな」

「とにかく! お前らを舞台上に転移させるからあの人型キメラが殺されない程度に三人を援護してくれ。そしたら裏でこそこそしてる奴らも含めて一網打尽にした後で元に戻すから」

「やっぱりこの前のと同じか。嫌になるね」

「承知した。必ずや抑えてみせよう」


 二人はそんなことが可能なのかとはきかなかった。信頼によるものとは別に、今のエトから有言実行するに足る力を感じ取ったからだ。


「一応、加護を分けとくけど、油断すんなよ」


 月明りのように淡い光が二人に宿り、足元に魔法陣が描かれる。


「おお、これは気を付けないとやり過ぎちゃうかも」

「だが、両者共に止める必要が生じた場合、これでも過剰とは言えないだろう」

「それもそうだね」

「じゃあ、飛ばすぞ。準備はいいな?」


 エトの呼びかけに二人が頷いた次の瞬間、二人の姿が部屋から消える。残ったエトは渋々ながらも襲い来る眠気に任せて目を閉じた。


「後は任せる。頼むぞ」


 再び目を開けたエトの雰囲気は一変する。


「ええ、頼まれました」


 そうして、彼は彼女になった。





「演武の方で良かったのか? てめえなら御前試合にも出れただろうが」

「エンセイ。あまり人の選択に口を挟むものではありませんよ。ハヤテにも事情があるのでしょう」

「いい、ムラサメ。確かに以前はそれを目標としていた」

「今は違えってか」

「ああ、その通りだ。御前試合は弟のような奴がやればいい。俺にはこちらの方が合っている」


 ハヤテは技を磨くのが好きだ。家のしきたりだとか使命など関係なく武の世界にのめり込むほどに。

 だが、戦うことが好きなわけではない。中等部を卒業した時、初等部を卒業した弟と一晩中戦い続けてそれを嫌というほど実感した。

 自分も相手も傷つけながら笑みをこぼす。そんな風にはなれないと考えて思った。ナルカミの戦い方も御前試合向きではないなと。



 醜悪な人型キメラによる突進を躱したハヤテはすれ違いざまの雷撃を暴風で散らす。それでも空気を引き裂いて突破してくる雷撃の余波を横合いから水流が受け流し、人型キメラが通った後に生える植物による侵攻を炎の壁が阻んで燃やし尽くす。


「おい無事か!?」

「一瞬意識が飛んだ程度だ」

「まったく、どうすればこんなものが生まれるのやら」


 いくつもある口から炎や水など様々なブレスを吐き、腕を振るえば礫や種をばら撒く。帯電した体は近づくものに放電し、それでいて己で生やした樹木や岩に加えて周囲の結界まで足場にして移動するほどの運動能力を持ち合わせている。

 巨体でありながら異形のバネを用いた脚力による突進は三人が束になっても受け止めること叶わず。多種多様な攻撃への対処に翻弄されて攻撃に手が回らない。

 その実力を認められて舞台に立った三人でも防戦一方になるほどの強さ。

 だが、結界により外への被害はないということは裏を返せば外からの援護もないということ。つまり、自分たちだけでこの人型キメラを倒さねばならない。

 このままではジリ貧であり、どこかで勝負に出なければならないというのは言葉にせずとも三人が抱いた共通見解。

 類似例もないほど正体不明の相手に対して後手に回った状態から闇雲に攻めるのは悪手。多種多様に見える攻撃にも限りがあり型や癖がある。それを見切った時こそが好機。それまでの間にどれだけ余力を残しながら耐え忍ぶことが出来るか。

 しかし、三人の想定とは異なる形で好機が訪れる。

 再び突進してくる人型キメラが突然現れた金属の網にかかり、それを引きちぎりながらも態勢を崩した。そこへ巨大な雷槍が飛来し、人型キメラを貫いて地面へ釘付けにした。

 その槍がナルカミによるものだと分かったハヤテはこの好機を逃すまいと瞬時に攻勢へ移る。彼の動きを察知した他二人もすぐさまそれに合わせて動き出した。


「ごめんね、兄さん」


 落雷が三人の追撃を阻む。その間に人型キメラは己の身を裂きながら槍から抜け出すと、その身が流動体のように蠢いて傷口を埋めていく。


「あらら、抜けられちゃった。もっと出力を上げても良かったかな」

「ナルカミ! どういうつもりだ!」

「ちょっと事情があって生け捕りにしたいんだ」


 刺さったままの槍が炸裂し、人型キメラが纏っていたものとは比較にならないほどの電流がその身を焼き、衝撃が全身を打ちのめす。

 その隙に鋼鉄の尻尾とワイヤーが人型キメラを雁字搦めに拘束した。人型キメラはバラバラになることも厭わず抜け出そうとするが、機械竜の口から発せられた音波が流動化する肉体を波打たせて無理矢理整え、赤熱化した尾による高熱とワイヤーによる電流に体表を焼き固められて上手くいかない。


「拘束成功。想定よりも穏当に終わったな」

「お疲れ~」


 サイバネとナルカミはハイタッチを交わした。

 同時に舞台を覆っていた結界が解け、万雷の喝采が二人に届けられる。


「これは、どうしたものか」

「手でも振ってあげたら?」

「まだ競技場を囲む結界は解けていないが」

「それなら余計に観客の人達を混乱させないためにも応えてあげた方が誘導しやすいんじゃない?」

「なるほど。承知した」


 二人が声援に応えて手を振り返すとより大きな拍手が巻き起こる。


「何だてめえら? まだガキじゃねえか。大人しくしてりゃいいのに出てきやがって。保護者は何考えてんだ?」

「こらこら。助けてもらったのだから、乱暴な物言いは止しなさい。それに優秀な召喚士に年齢など関係ありませんよ」


 その事を彼らは今身を持って実感したばかり。特にハヤテはナルカミへ複雑そうな視線を向けている。

 だが、弛緩した空気をぶち壊すように観客やスタッフとして紛れ潜んでいたレジスタンスの人員が一斉に武器を取り出して蜂起し、

 そのままの姿勢で凍り付いた。さらに人型キメラもその身を凍てつかせ、競技場の周囲に張り巡らされた結界が全て解除される。

 ふと誰かが空を指さした。つられて人々の視線がその先へ向けられる。

 空間の裂け目から現れたのは浮世離れした美しさと神秘を携えた一人の女、エトが銀色に輝く髪を靡かせ天女の如く舞台上へと舞い降りる。


「二人共、大儀でしたね」

「「えっ」」


 ナルカミとサイバネは思わず呆けた声を出した。

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