かっけーサイバネ召喚獣
学園にいくつかある演習場の一つで新入生の面々が思い思いに準備運動を行っていた。その内容はありふれた体操で体を温め、筋肉をほぐすものから、各々がもつ固有能力の慣らしまで様々だ。あちらこちらで水や炎などが飛び交う様は幻想的なイルミネーションのようでもある。
「よっ、はっ、ほいっと」
その中でも一際目立っていたのが、光・鋼・水・草・風・土・氷・毒・火・雷・闇・無属性の力が込められた球体でお手玉をするエトであった。
現代に至るまでの間に細分化され、十二種類に区分された全ての属性を器用に扱う姿には生徒だけでなく教官も眼を見張っていた。横で帯電しながら準備体操を行っていたナルカミもまたその一人。
「驚いたな。僕も五つ使える人は見たことあるけど、その人以外は多くて二つだったし」
召喚士は基本的に一人一つの属性しかもたない。複数の属性を扱う召喚士は希少であり、ましてや全属性を網羅しているなどナルカミも聞いたことがなかった。
「五つっていったら、大昔にすげぇ魔獣を倒したとかいう人と一緒じゃん。そういや授業でもやったっけ?」
「初等部で確実にやったと思うよ。建国に関わった人だし。
「覚えにくいって。なんで昔の偉い人の名前って漢字ばっかで長いんだよ」
「さあね。やっぱり箔付けとか喧伝のためじゃない? みんながみんな君みたいだったら彼も苦労しなかっただろうに」
「そういや見たことあるってことは現代人ってことだもんな」
「うん、知り合いってほどじゃないけどね。なんか子孫らしいよ」
「その、えっと、降魔命の?」
「正解」とナルカミは頷いた。
「先祖が偉いとやっぱり大変らしいよ」
「なるほどなぁ。まぁ、使える属性の数が多けりゃいいってもんじゃないもんな。俺も一つ一つの出力は低いし」
『そのようなこと、私たちが出れば今すぐにでも解決できますよ』
小悪魔系天使鳥、
露出の多いドレスは色だけが清楚な純白。背中が開いている所か腕回りや脇まで丸出しで、谷間を超えておへそが見えるほどの切れ込みある。スカートも丈こそ長いが腰まで伸びる深く広いスリットが入っており、横からおしりまで見えそうなほど。
さすがにそれでは色々見えて不味いと彼女が思ったのか、それともエトの癖が反映されたのか定かではないが、黒い全身タイツのようなインナーも着ている。着ているのだが、肌が透けて見えそうなほど薄い。加えて大きな翼と胸を避けて通るように穴が開いているため、結局は横乳や谷間が丸見えである。
エトも部屋の中では何度手を差し込んだか分からない。しかし、今は人目がある公共施設内。彼は脳内に響く声を無視して球体を消した。
丁度、教官が笛を吹いて号令をかけ始めたので準備運動も終わりである。
「何やらされるんだろうな」
「いきなり魔獣狩り実習ってことはないだろうから、無難に的当てとかじゃない?」
緩々と集まった生徒たちに告げられたのは一対一での組手の実施であった。勿論、召喚獣有である。エトはうへぇと顔を歪めた。
「家名は無いからエトって呼んでくれ。よろしくな!」
「サイバネだ。私も今ここで名乗るような家名は持ち合わせていない。よろしく頼む」
エトの相手は背の高い男子生徒であった。その後ろでは巨大な機械仕掛けのドラゴンが歯車を回し、蒸気を噴き出しながら鎮座している。
「おぉ、すっげー召喚獣だな!」
「珍しい感想だ。大抵は機械めいた見た目を敬遠されるのだが」
「一応、そこも珍しいなとは思ってるぜ」
「それで済ますことの方が珍しいと思うが」
召喚獣は大抵の場合、魔獣のような生物らしい見た目をしている。機械や道具などの姿をとることはかなり珍しい。そのような召喚獣をもつ有名な召喚士には変人奇人とされる者が多く、偏見の目を向けられることも多々あった。
「お前は自分の召喚獣が好きじゃないのか?」
「いや、かなり気に入っている」
「かっこいいし、強そうだもんな」
『私達の方が強いですよ』
『分かってる、分かってるから』
『それならいいのですが』
エトは周目に惑わされず、なんの臆面もなく答えるサイバネを尊敬すると同時に羨ましく思った。
「そちらの召喚獣の姿が見えないが。まさか迷彩能力も?」
サイバネもまた、エトが複数の属性を扱う所を見かけていた。そのため、その能力まで多岐渡るものと思い感心する。己の召喚獣を見て隔意を抱かないのも納得できると。
「い、いやー、実を言うと召喚獣が出せないんだ」
「そうか。それは私以上に大変な思いをしたことだろう」
「お、おう」
見るからに苦し紛れの嘘。エトだってそんなことは自覚している。それがまさかここまで真摯に対応されるとは。卒業式の後に先生から激励を受けた時のような罪悪感が湧いてくる。
「しかし、そうなると少し困ったことになる」
「何がだ?」
「この場合、私がそちらに合わせるべきだ。しかし、恥ずかしながら召喚獣を用いない私の実力は決して高いとは言えない。実りのある組手とはならないだろう。それでは授業の趣旨に反してしまう」
「お前、真面目で滅茶苦茶良い奴だな」
「嬉しい言葉だ」
サイバネの口元が僅かに緩んでいる。分かりにくいが本当に嬉しいようだ。
「んじゃ、そろそろやろうぜ! 遠慮せず召喚獣も使ってくれ!」
「しかし……」
「心配すんな! これでも前の学校じゃ最強だったんだぜ」
両の拳を突き合わせたエトの周囲に十二の属性を表す球体が浮かび上がる。それらは輝きを増しながら彼を中心に回り始め、尾を引く残光が円環を描き、紡がれた球体は光輪となって背後に背負われる。
『憑依召喚』
かつて召喚獣を召喚出来ないでいたエトは奥の手を使わない状態での出力不足に悩んでいた。それを解消するために編み出した技こそ憑依召喚であり、十二支たちを召喚可能になった今でも人目を気にせず使える唯一の見せ札である。
「済まない。どうやら私は無意識の内に其方を侮っていたらしい」
サイバネの後ろで控えていた機械竜の歯車が高速で回転し、噴出する蒸気と共にその翼が広げられ、その巨体がより一層大きくなったように感じられる。
「いいって、気にすんな」
「感謝する。では、私も可能な限り遠慮なくやらせてもらおう」
機械竜の口が開かれ、灼熱の炎が放射される。
『憑依召喚
『任せて』『が、頑張ります!』『やっと出番か』
視界を埋め尽くすほどの炎に対し、エトが選んだのは水・草・風属性を用いた迎撃と離脱。
『
組み合わされた三つの属性は低い出力を補い合い、水流を叩きつけて炎の勢いを弱め、樹木を盾にしつつ、風を纏って空中へと抜け出した。
「どう見ても鋼タイプなのに! なんで火吹くんだ!」
「実は私もよく分かっていないのだが、鋼の力で作られた炉心から熱を放出し、油のような可燃性の液体や圧縮された空気と共に吐き出しているようだ」
「無茶苦茶危ねえじゃねえか!」
エトが先ほどまで立っていた場所周辺は炎の海となっている。遠慮するなとは言ったが、組手で迷いなく命を取りに来るとはエトも思っていなかった。
「? 無傷で防いだようだが? 見事な手腕だった」
「そ、そいつはどうも」
「では、続けよう」
「ちょっ、待っ」
機械竜の腹や背中が開いたかと思えば、そこから何発もの小さいミサイルが発射された。それらは宙に浮かぶエトに狙いを定め、曲線を描きながら追尾する。
「なんか飛んできた!?」
『憑依召喚 雷天酉』
『ふふっ、ご主命ですか?』
『
避け切れないと判断したエトは草属性の力により雷属性への耐性を更に高め、限界を超えて行使可能になった雷撃が枝を伸ばすように全てのミサイルの間を一瞬で迸る。
その結果、ミサイルは着弾することなくその場で連鎖爆発を起こした。当然、近くにいたエトを巻き込んで。
実はこの憑依召喚、エトがもつ戦闘形態の中で最も弱かったりする。というのも見せ札なだけあって外見性能に極振りされているからだ。背負っている光輪も威圧感はあるが、特に効果はない。
一応出力こそ多少上がるが、同時に扱える属性の数に制限がかかり、切り替えにかかる時間も遅くなる。さらに負荷軽減のため、選ばれた属性のコントローラーはエトから召喚獣たちに渡されており、憑依召喚を解除しない限りコントローラーを取り戻すことはできず、切り替えも召喚獣達に任せることになる。
そして、覚醒から半年と経っていない召喚獣達は本来の力をまるで発揮出来ない上、勝手が違う操作に慣れておらず、お世辞にもプレイスキルが高いとは言えない。そんな状態でピンチに陥ると、今のエトでは4Pプレイ(下ネタではない)までしかできないため、召喚獣達によるコントローラーの奪い合いが発生する。
『あっ、これ爆発するんですね』
『主様ー!?』
『心配するでない。この程度の爆風なぞ逆に吹き飛ばして、……なぜあるじの方が吹き飛ばされてしまうのだ?』
『あわわ、と、とりあえず回復ですよね』
『……回復速度おっそ』
『ちょっと何やってるのよ! 貸しなさい!』
『東の方々とユウちゃん? もっと真面目にやらないとお仕置きですよ~』
『へったくそだなー、十二支止めたらー?』
『ご主人ご主人ご主人!!!』
『お前らうるさい! 喧嘩は後にしてくれ!』
エトは雑念デバフを受けながらも必死に体を動かした。
だが、見た目だけはなんかすごそうな憑依召喚の威容は、期待以上にサイバネの意識を変えることに成功してしまったらしい。間断なくミサイルが射ち込まれ、同時に先ほどの火炎放射も続けられる。
「ま、待った! 一旦止ま、止め、ヤメロォ!」
余裕のないエトの叫びは爆発に遮られてサイバネに届かない。まだまだ余裕がありそうだと攻撃の手を緩める所かきつく締めることにした。
二つ目の首を増設して高圧力による水ブレスを追加。ダメ押しに炉心をフル稼働させ、さらなる三つ目の首から謎の極太ビームを射ち放つ。
「あああアアアァァァーーー!!!」
エトはケツに尻尾を突っ込まれた時のような悲鳴を上げた。
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