十二支史

佐藤 白

序章 召喚士官学校の問題児

召喚獣が獣耳少女で困る

 エトには悩みがあった。

 召喚士の卵でありながら、召喚獣を召喚出来ないのだ。

 エトが通う初等部で彼に敵う者はいない。だが、彼を除いて召喚獣を召喚出来ない者もまたいなかった。

 エトは浮いていた。だが、彼は奮起した。

 天涯孤独のエトを叱咤激励してくれる存在がいたのだ。

 初等部の教師を務める彼女は明るく快活で、厳しくも情に厚く、小柄でありながら豊満な母性の象徴を備えていた。

 何かと気にかけてくれる彼女にエトはいつしか惹かれていく。彼の初恋であった。

 そうして、迫る卒業を前に一世一代の告白をしたエトはやんわりと振られてしまう。

 エトは泣いた。

 その日の夜。一人枕を濡らすエトの元に十二人の少女たちが現れた。彼女たちは獣のような耳や角に尻尾などを生やしており、それでいて誰もが見眼麗しい。

 その様はまるで夢幻のようで、傷心中のエトはなんの疑いも抱くことない。そして、彼女たちに慰められながら眠りについた。

 翌朝、エトは彼女たちこそ己の召喚獣であることに気づく。

 エトは思わず床を転げ回った。望みが叶った達成感よりも羞恥心が彼の心を支配していた。

 召喚獣とは己の象徴。

 それがこんなコスプレにしか見えない眼のやり場に困る少女、しかもそれが十二体だなんて。これを衆目に晒すなど、自分はハーレム願望持ちのエロ猿ですと叫ぶようなものではないか。クラスメイトからはからかわれ、憧れの先生からも軽蔑されること間違い無し。

 エトは十二支たちの召喚を封印することに決めた。

 こんな己にも親身になってくれた先生に報告できないのはどうにも後ろめたい。だが、告白してすぐにこれは気まずいなんてものではない。卒業後にいつか打ち明けられる日が来ることを夢見て、その日に悪夢を見たエトは考えるのを止めた。

 こうして悩みを解消したエトは新たな悩みを得る。


 召喚獣が獣耳少女で困ると。





 それからエトの生活は一変した。

 頭の中は騒がしく、何かと出てきたがる十二支たちを抑えるのに一苦労。日課の鍛錬で魔獣相手に死にかけた時など、勝手に出てきた十二支たちにより魔獣ごと辺りが更地になった。

 エトは過酷な鍛錬を控えるようになり、十二支たちのガス抜きのため、自室では好きにさせることにした。

 すると今度は別の問題が発生する。

 十二支たちはエトの好みを反映したのか、可愛らしい少女から麗しいお姉さんまで揃えながらも全員が豊満な胸と肢体をもつ上に、自室では勝手に出てきてその身を寄せてくる。そうなると、エトはどうしても彼女たちを意識してしまう。


 そんな日々が続いたある日のこと。エトの獣欲を限界に達しようとしていた。


「大丈夫ですか、主様?」と召喚獣の一体、ネズミミロリ巨乳の日天子にちてんしネネが右腕を挟みながら尋ねてくる。その格好はミニスカ巫女服というよく分からないもの。だが、着崩されてはだけた胸元は眼に毒でしかない。

 慌ててエトが身を引こうとすれば「もぅ、我慢し過ぎるのは体に毒よ」と黒ビキニに白レースの羽織を纏ったおっとり系乳牛お姉さんの鋼天丑こうてんちゅうチウによって背後から抱き止められる。エトの頭が谷間に埋まった。

 さらに褐色白髪猫娘の水天寅すいてんいんスイが踊り子風水着姿で左腕に抱き着き、「うん、私たちを好きに使って欲しい」と耳元で囁く。ついでにザラザラとした舌で首筋を舐められ、エトは体を震わせた。

 それでも「いや、それって自慰みたいなものだし」とエトは躊躇うが、ハートアイズホワイトバニーガールの花天卯かてんぼうハナが「でも、結局一人でするなら同じですよね? それならもっとキモチイイ方が良いですよ」と息を荒げながら膝の上に跨ってくる。

 エトは否応なく下半身に血が集まっていくのを感じ……。


 その日から翌日にかけて、エトは己のマーラに敗北を喫した。





 そうして、無事に色々と卒業したエトは晴れて召喚士官学校中等部へと進学を果たす。


「君、強そうだね」

「お、おう。一応、俺がいた初等部じゃ一番強かったぜ」

「へぇ、それはいいね」


 同じクラスになった少年はナルカミと名乗り、手を差し出してくる。

 エトは軽く寒気を覚えたものの悪い奴ではなさそうだったので握手に応じることにした。

 それから二人は自己紹介も兼ねて、しばし雑談に興じることになる。


「だからこそ、これからの時代は召喚獣に頼らない戦いを模索する必要があると思ったのさ」


 エトはしたり顔で言った。

 召喚士の多くは血筋の影響を強く受け、祖先より脈々と受け継がれてきたものである。そのため、家柄による格差や子をめぐる争いはいつの時代も絶えることがなかった。という語りから続く言葉である。

 当然、十二支たちを人目に晒したくないが故の建前であった。


「それ、召喚士の学校ここで言うことじゃないよね?」


 ナルカミは呆れ顔で言った。


「だって、強制なんだから仕方ねえじゃん!」

「まあ、そこは僕も思う所がないわけじゃないけど。それこそ仕方ないよね?」


 ナルカミの側に召喚陣が描かれ、電光走る毛皮を纏った狼が現れる。その頭を撫でる彼はまるで感電する様子がない。

 このように召喚獣は唯人では対抗出来ない超常の力を持ち、召喚せずとも召喚士にはあらゆる恩恵が与えられる。それは単純な身体能力向上であったり、先祖から受け継いだ遺伝子に刻まれた技能であったり、召喚獣がもつ能力の一部が使えたりなど様々。

 だが、相応の危険も付きまとう。特に幼い子供であれば尚のこと。

 だからこそ、この国で生まれたものは必ず召喚獣の有無を調べられ、召喚士になる適性が有るものは専門の学校で召喚士としての教育を受けることが義務付けられていた。特に成長期に伴って召喚獣の力が本格化する十二歳前後からは親元からも離され、より専門的で堅牢な施設のある学校へと移される。

 それらの費用は国費で賄われ、良くも悪くもそれだけ国から召喚士という存在が重要視されていることが伺えた。

 

「良いよな~お前の召喚獣。俺もそういうのが良かった」

「そういえば、まだ君の召喚獣を見てないね」

「い、いいだろ別に。さっきも言ったけど俺は極力召喚獣に頼らない主義なんだ」


 エトの目は凄まじく泳いでいる。

 過去に召喚獣絡みでトラウマでもあるのかとナルカミは疑った。

 幼少期に召喚獣を暴走させてしまうなんて悲劇は残念なことに今でもありふれた話だ。

 しかし、目の前のエトからはそのような暗さは感じられない。そうなると単純に召喚獣の見た目が悪いか弱いかでコンプレックスを持っているだけなのだろう。ナルカミはそう結論付けたものの、深く詮索しないことにした。

 まだ中等部に進学して数日、授業なんて今日始まったばかり。これから六年間この学園に通う以上、何度でも見る機会はあるのだから。

 

『主様、何事も第一印象が肝心です。ここはそのワンコロにババーンと格の違いを分からせてあげましょう!』

『うるさい。大人しくしてろ! 勝手に出てきたら許さないからな!』

『そんなぁ~』


 エトはネネと脳内会話しながら、なんで自分の召喚獣はこんななんだと顔を手で覆った。

 

「大丈夫? もうすぐ次の授業だけど?」

「お、おう。もうそんな時間か」

「本当に大丈夫かい? 初演習でぼーっとして保健室送りにならないといいけど」

「平気平気、戦闘に関しちゃ結構自信あるんだぜ」


 ナルカミの言葉で現実に戻ってきたエトは取り繕うように笑顔でサムズアップをきめた。


「それは楽しみだ。君の召喚獣もね」

『ほう、ならばその期待に応えようではないか、あるじよ』

「……それはぜってぇ使わねえ」

『何故だ? 妾の力をもってすればこの地を平に吹き飛ばすことも、』『止めろ』『……解せぬ』


 神秘的な谷間全開龍仙女、風天辰ふうてんたつフウの姿が頭に浮かんだエトは一転して苦々しい顔になった。あの服の裂け目はなんのためにあるのか。本能的に手を突っ込んでも分からなかった。


「本気かい?」

「あぁ、よっぽどじゃなきゃその必要もないだろうし」

「へぇ、ますます楽しみになってきた」

「あれ? お前ってわりと戦闘狂?」


 でもまぁ、初日だし。演習とはいえそんなきつい授業にはならないはずとエトは楽観的だった。

 しかし、そんな甘い考えはすぐさま打ち砕かれることになる。

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