第16話 術式完成と強制徴収

 カルボナーラ――本場イタリアでは、ぺコリーヌ・チーズを使ってソースを作る。生クリームは使わず、割とあっさり味。

 うちのレシピは日本式で、生クリームたっぷりの濃厚カルボナーラ。ニンニクの香りと黒コショウの辛みが、更なる食欲を誘う。


「わぁ……とっても良い香り……」

「では、いただきましょうかの」

「いただきます!」

「いただきます」


 全員の前に料理が並び、食事が始まった。

 真っ白なカルボナーラがフォークで持ち上げられると、柔らかい湯気が立ち上る。

 濃厚なソースはしっかりとパスタに纏わり、みんなの口に運ばれていく。


「んんん! 美味ひぃ!!」


 口に入れた瞬間に、パテルテは目を輝かせながら絶賛する。

 味の感想が速い! と、言いたいところだけど……濃厚なカルボナーラソースは、舌に乗った瞬間のインパクトが強い。

 そして次々と、口に運んでしまう。育ち盛りの学生さんともなれば、この旨味に抗えるわけがないのだ。


「これは、ワインが欲しくなりますのぉ」


 ゆっくりと味わいながら、ガルガンダ先生が思わずこぼす。

 確かに、濃厚なカルボナーラでお酒を嗜むお客様は多い。

 でも転移したこの店、調理用以外のお酒が今のところ一切無いんだよな。


「すみません、まだお酒の用意がなくて……」

「いえいえ。私もまだ仕事中ですから」


 笑いながら受け答えする、ガルガンダ先生。

 その隣ではトルト教授が、パスタで口いっぱいにして咀嚼している。

 実際は大人なんだろうけど、トルト教授はとても小柄だから……ハムスターみたいで、可愛い。


「……なに?」

「いえ、お味はどうかなって」


 俺の視線が気になったのか、少し不機嫌そうにトルト教授がこちらを見る。

 確かに、不躾だったな。ごめんなさい、トルト教授!

 心の中で謝っていると、意外な返答が。


「……悪くはないです」

「とっても美味しいって!」

「パテルテっ……はぁ……」


 トルト教授、ツンデレで苦労性かぁ。

 なんだか美味しいキャラしてるな。俺のゲームプレイの記憶には、全然無いんだけど。


「はぁーっ! 美味しくて一気に食べちゃいました!」

「満腹になったか? ラディル」

「はい! ごちそうさまです!」


 みんなが食べ終わったのを見計らって、俺は食後のコーヒーを出す。

 セットアップは調理前に、二時間半くらいかかると言っていた。

 少し食休みをしてもらったら、ちょうど完了時間になるだろう。


≪いたりあ食堂ピコピコ セットアップ完了≫


「あ! おじい様、終わったみたいよ」


 セルフレジの音声に、最初に反応したのはパテルテだった。

 それにつられて、俺もレジの方を見る。


≪当月活動分のマジカを徴収します≫


 突然、レジのドロアーが勝手に開く。その上空には、不思議な異空間のような穴が開いている。

 次の瞬間、ドロアーに入っていたマジカが、異空間に吸い込まれていった。


「あぁっ!? レジ金!!」


 何が起こってるか理解できず、思わずセルフレジにかけよってしまった。


≪――マジカ不足を確認。代替により ダンジョンマスターの魔力を強制徴収します≫


「へっ?」


 不思議な異空間が、俺の胸元に飛び込んできた。

 すると全身の力が抜け、息が出来なくなる。


「うぁ……ぁぁぁ……っ……」

「いかんっ! 店長殿から魔力が吸い取られている!!」


 目元がグルグルする。視界が白く飛ぶ。

 倒れる俺を、ガルガンダ先生が受け止めた気がする、けど……。

 まったくその感覚を、感じ取ることができない。


「くっ……私の魔力でも足りぬか……パテルテッ! こちらにっ!」

「はい!」


 胸のあたりが、冷たくなったり熱くなったりを繰り返す。

 熱くなったとき、僅かに息が吸える。

 俺はただただ、その瞬間に縋るしかなかった。


「ほらっ! トルトとラディルも! 私と手を繋いで!!」


 体が熱くなって、ビクリと跳ねる。自分の意志ではない、奇妙な動き。


「店長!! しっかりしてください!! 店長!!」

「パテルテ……僕から、もっと取っていい……」

「んっ……!」


 ラディルの声が、聞こえる、気がする……

 目がグルグルして、もう、ダメか……も……


≪代替魔力の徴収完了≫

≪いたりあ食堂ピコピコ 活動を開始します≫


「――かはっ……はぁ……はぁ……」

「ふう……なんとか乗り切ったか。店長殿、まずは息を整えましょう」


 急に視界が明るくなり、すごく眩しい。

 意識がだんだんハッキリしてきて、俺はガルガンダ先生に抱きかかえられているのがわかった。

 先生はゆっくりと、俺の背を撫でてくれている。


「もう……大丈夫、です。ありがとう、ございます……はぁ……はぁ……」

「いや、こちらこそ。配慮が足りず、危険な目に合わせてしまった。申し訳ない」


 俺が一人で起き上がるのを確認すると、ガルガンダ先生は深々と頭を下げた。

 助けてもらったのは俺なのに、申し訳ない。


「店長~!! 無事でよがっだよぉ!!」

「うぐっ……心配、かけたな。ラディル」

「でんぢょ~っ!!」


 グチャグチャな泣き顔のラディルが、抱き着いてくる。

 あまりの力強さに、弱った体から呻き声が出た。


「トルト教授も、パテルテも、ありがとう。よくわからないけど、助けてくれたんだよな?」

「いえ、詫びるのは我々です。危険な目に合わせて、申し訳ありませんでした」

「そうだよね。ごめんなさい、店長さん」


 救助してくれた二人にお礼を言うも、彼らも負い目を感じているようで。

 とても真摯に、頭を下げた。


「ふむ……術式は、無事に完成したようだ。しばらく、大きな変化はないでしょう」


 すぐにセルフレジ――ダンジョンの核の確認をする、ガルガンダ先生。

 ようやく、終わったんだな。

 まだ昼過ぎなのに、なんて長い一日だったんだ……。


「店長殿も、今日はもう休まれた方が良い。術式の詳細については、また明日、改めてお話しましょう」

「わかりました」


 魔導学園の皆さんを見送って、俺は自室に戻り休むことに。

 ベッドに横になると、間もなく眠り落ちていった。

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