いたりあ食堂ピコピコ ~懐ゲーに転移したおっさんは、平和に料理を作りたい~

明桜ちけ

第1話 真夜中の中古ゲームショップ

≪本日もJR東日本をご利用いただき、ありがとうございます。今度の一番線、二十三時三十七分発、普通電車――≫


 大國魂神社の脇道を抜け、府中本町駅へ向かう。

 静かな夜に、最終電車のアナウンスが聞こえてくる。


≪この電車は、川崎行きの最終です≫


 駅へ向かう階段を駆け上るも、電車の出発音が響いてきた。

 ガタンゴトンと、遠ざかっていく電車の音。

 改札前では、駅員さんが締めの作業をしている。


「ああ、テンチョーさん。おつかれさまです」


 駅の見回りをしていた駅員さんが、声をかけてくれた。

 絶妙なイントネーションで名前を呼び、クスりと笑う駅員さん。

 と、いうのも、俺の名前が天地洋てんちよう――店長と音が似ているからだ。

 いや、実際に店長でもあるんだけどね。


「はは……いつも、すみません……はぁ……はぁ……」

「いえ。テンチョーさんこそ、無理しすぎないでくださいね」


 連日このような駆け込み乗車をしているため、すっかり顔馴染みになってしまったな。

 最近では駅員さんは、俺の勤めるイタリアンの店にも食べにきてくれる。


「はは……はぁぃ……」


 駅員さんの労いの言葉に、俺は軽く会釈をした。

 荒い息に、止まらない鼓動。

 こんなに必死に走ってきたのに、俺は家にも帰れないのか。

 がっくりと肩を落として、再び駅前の階段を下っていく。


「今夜は……はぁ……店に、泊まりか……はぁ……」


 全然息が整わないまま、俺は勤め先の店へ踵を返す。

 夕飯はどうしよう。コンロを汚したくないから、コンビニで弁当でも買っていくか。


「あれ……」


 交差点で信号待ちをしていると、ある店の看板が目に入った。

 中古のゲームショップの立て看板に、A4の紙が貼られている。

 なんだか、嫌な予感。こういう時代だし、な。


「今月末で、閉店……」


 やっぱり。

 小さな文字で打たれた文章には、閉店の旨とお客への感謝の言葉が簡潔につづられていた。

 このゲームショップは深夜まで営業していることもあって、学生の頃はよく友達とたむろってたな。

 学生……もう十五年も前か。


「寄っていくか」


 これが、最後かもしれないし。

 煌びやかに新作のPVが流れる狭い店内には、最新機種のソフトがズラリと並ぶ。

 店内の雰囲気の懐かしさに反して、ゲームにはまるで馴染みが無い。


「あ、これ……」


 ワゴン台に無造作に並べられている、安売りのゲームソフト。

 その中に、昔プレイした【イサナ王国物語】を見つけた。


「懐かしい!! すごいやり込んだなぁ、コレ。仲間集め、コンプしたっけ」


 懐かしいゲームを発見して、年甲斐もなく高揚する。

 イサナ王国物語は、ゲームに登場するほぼ全てのキャラを仲間に出来た。

 騎士や冒険者はもちろん、その辺を歩いてるおじいちゃんおばあちゃん、国の外に暮らしてる亜人や魔物まで。

 それに加え、二十四時間の時間経過のシステムが秀逸。

 仲間にしたキャラクターたちのリアルな生活が垣間見れて、すごく楽しかったな。


「主人公のキャラクリだけで、何時間もかかったっけ」


 自分のアバターである主人公は、プレイヤー自身が最初に設定する。

 当時のゲームにしては素材数が多くて、かなり自由に主人公をデザイン出来た。


「八百八十円……そんなに安くなってるんだ……」


 このゲーム、実家から引っ越すときに無くしちゃったけど、結構好きだったんだよな。

 もうゲーム機を持ってないから、買って帰ってもプレイできないんだけど。


「……買うか」


 それでも、なんだか手元に置いておきたいと思った。

 俺はワゴンからゲームソフトを取り、レジへと向かう。


「……セルフレジ……これもご時世かねぇ……」


 こんな新しい機材まで入れても、閉店するのか。

 まだまだ、ヤル気があったのかもしれない。

 なんとも言えない気持ちになるな。

 そんなことを考えながら、俺はゲームソフトをレジのリーダーに向けた。


≪インストール完了 転送を開始します≫

「へ?」


 なんか、お会計っぽくないアナウンスが流れたぞ。

 もう一度読み込もうとすると、セルフレジの画面が急に光り始める。


「いやいや、ナニコレ? 俺、なんかしちゃっ――」


 あまりに明るい光に目が開けていられず、意識が遠のいていった。

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