うらはら
PROJECT:DATE 公式
時雨に
段々と湿気の多くなってくる季節。
校舎内ではいつの間にか
半袖の制服を着用する人ばかりが
目立つようになっている。
ぷくく、と手元で
サイダーの弾ける音を聞きながら
廊下で話す人や移動教室のために
歩いている人を教室内から眺めていた。
授業と授業の間の休みも
昼休みほどとは言わずとも人通りが多い。
学校内では日によって冷房が入れられている。
今日は雨が降って寒かったから
つけられてはいなかったものの、
窓からの寒さの被害をもろに受けたこち丸が
薄手のカーディガンを羽織って
こちらにやってきていた。
千穂「湊ー。」
湊「なんでいなんでい。そんなアイスみたいな顔しちゃって。」
千穂「ん?ああ、暑さで溶けそうってことね…真逆だから!」
湊「たはは。寒さ直撃アタックはきついですなぁ。」
千穂「明日からは冷房直撃だしね…今日から席替えの日まで席変わって…。」
湊「やーだね!うちこの席気に入ってるもーん。」
千穂「前の方なのに?それに廊下側だしうるさくない?」
湊「前ってのは案外死角になるってもんだよん。ずっと前にね、とあるネット記事を見たのだよ!」
千穂「くだらないやつだ。」
湊「ちょいちょい、聞いてからにしときな!教卓のどまん前の席の人がいてさ、授業中熱心に勉強してるように見えたんだって。」
千穂「見えたってことは内職してたり?」
湊「ふっふっふ…実はその子、鶴を折っていたそうで!授業が終わる頃には教卓側の机の縁に鶴が並んでいたそうですな。」
千穂「あはは、何その昔話みたいな。」
湊「近いからこそ見えないものがあるのじゃよ…。」
千穂「そういう教訓話、本当にありそうだよねー。」
湊「あと廊下側なのは見てて面白いから全然へーきだよん。窓開けたらいろんな子と話せちゃうもんね。」
千穂「友達多いもんねぇ。」
湊「えへへ、それほどでもー。」
千穂「社交性も分けてほしいよ。」
湊「またまたこち丸さんよ。うちが調子乗っちゃいますぜ。」
千穂「前言撤回で。」
湊「やーんもっと褒めて欲しいなー!」
擦り寄ろうとすると、
こち丸は華麗にそれを避けた。
頬を膨らませると、
「どぅどぅ」と宥める声がするだけ。
話していると、不意に廊下から
「湊ー!」と声がするもので、
一体何かと思えば同じ部活の子だった。
手を挙げて、にこにこのまま
彼女の声に応える。
うちの学校生活は、
こち丸やクラスの人たちを中心に
さまざまな人たちとの関わりでできている。
高校生や大学生になると、
会っただけ、1度話しただけで
友達になるのは難しいなんて言う。
けれど、そんなことはあまりなかった。
確かに気難しい方はたまにいるけれど、
話してみれば面白い、楽しい話題が出てくる。
2年生の友達もたくさんできた。
部活、学校の外でだってそう。
入試の時の面接官だって、
バイトの時だってそう。
案外みんな友達になれる。
難しく考えすぎなきゃいいだけ。
人と関わることも人と話すことも
好きなおかげか、
学校生活では全く暇な時間がなかった。
休み時間のみならず授業も面白かった。
あまりに先生の話がつまらないと
思っちゃった時には
その話から面白いと思うところを探し出したり、
いっそ教科書内の関係ありそうな
コラムを読んだりして、
面白さを見つけることも楽しい。
だからこそ、よく
「どうして留年したの」と聞かれる。
まだ初めの方の定期テストのことを
鮮明に思い出せた。
°°°°°
先生「高田さーん。はい。ちょっと頑張ってね。」
湊「……え?先生、これ間違ってないすか?」
先生「え?」
湊「うち解答欄全部埋めましたよ。それにここの問題だって…。」
先生「うーん…認めたくないのはわかるけど…でも、高田さんの名前で出されてるのはちゃんとそれ1枚だったからね?」
°°°°°
いつの間にか4時間目が始まり、
そして終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
湊「…うちだって知りたいけどなぁ。」
そうひと言こぼす。
このままぼうっとしても仕方がない。
普段たまにしか話さないような人の元に行って
ちょっぴり刺激を受けてこよう。
こち丸とお昼ご飯をぱぱっと済まし、
ちょいとふらついてくると伝えると、
彼女は視線をよこすことなく
手を緩やかに振りながら
「いってらー」と声をかけてくれた。
その後視線はスマホに
落ちるんだろうななんて思いながら
ひょいと廊下に飛び出す。
そして、授業が終わってから会うと決めていた
人の元へ向かう。
美術室に行くと、やっぱり鼻を
つんとつつくような匂いがした。
特有の香りだから
苦手という人は多いけれど、
うちはこの匂いが絵のかけらなんだと思うと
何だか好きになっていった。
それもきっと、身近に絵を描く人が
いたからだろうと思う。
第2美術室の扉に手をかけ
思いっきり開くと、
もうお昼を食べ終わったのか
ろぴが既に机の上で寝転がっていた。
いろは「あれ?あ、湊ちゃんだー。」
湊「机で寝てるの久しぶりに見ちったよーん。」
いろは「お昼休みだし誰も来ないかと思って。」
湊「いつかてんてーに怒られちゃうよー?」
いろは「怒られるかどうかを基準にしてやってないよー。」
湊「あはは、そうだろうけどさ。」
美術室に入り、ろぴの寝転がる机の椅子を
ひとつ引いて頬杖をつく。
ぱっちりと目を開き、
まつ毛が上を向いたままの彼女の横顔を眺む。
湊「美術部の先生とかに何か言われたりしない?」
いろは「運良くまだ見られてないから平気ー。」
湊「お!そりゃいいね。合間掻い潜ってこれからもやってこー!」
いろは「バレなきゃ犯罪じゃないー。」
湊「たははっ。これはバレても犯罪じゃないのだー!」
いろは「確かにー。」
ふふふ、と口角を上げているのがわかる。
ろぴは微笑むことはあっても
笑うことはあまりしない印象だから、
ほんの少しだけ珍しく映った。
湊「最近元気してるかい?今日とかものすご大雨だけど。」
いろは「うん。元気にしてるよー。何にもないね。」
湊「そかそか。4月からずっと美術室にいるの?」
いろは「大体ねー。」
湊「ひょえー!もう完全に居場所だね。」
いろは「そうかも。でも、湊ちゃんもよく来てくれるから1人の居場所って感じはしないよー。」
湊「まあうち自身も居場所にさせてーって4月に言ったしねん。」
°°°°°
いろは「ありがとう。私、自分で聞きにいけばよかったね。」
湊「いいのよいいのよ。うちの居場所にもさせてちょ。」
いろは「もちろん。」
°°°°°
いろは「あれー、そうだったっけ?」
湊「あはは。相変わらず忘れんぼなんだからー。いつかTwitterで絵のリクエストもらってたことも忘れちゃってんじゃないかい!」
いろは「それはないよー。」
湊「そっかそっか。」
いろは「それはねー、忘れたくても忘れられない話になってくるんだよー。」
湊「そんなもんなの?あ、深掘りしないほうがいいよね、ごめそだ。」
いろは「ううん。長いこと考えてるだけで止まってるから、むしろありがたいかなー。」
ろぴは口角を下げ切ることもなく、
ただ静かに目を閉じた。
ろぴが描けなくなっていることは
随分と前から知っている。
きっとひとつ前のアカウントが
消える前後ぐらいだったと思う。
最近、それがさらに深刻化しているようで
心配になっていた。
ろぴはいつも美術室にいる。
それが、まるで自分を縛って
閉じ込めているようにしか見えなくて、
時折こうして様子を見に来ていた。
ここから連れ出せば済む話なのかもしれないが、
絵とろぴは長いこと一緒にいたのだから
無碍に引き剥がすのも違うと思い、
こうして時間に任せてみている。
自分の絵を描かなくなって以降、
依頼という形なら描いているのを見てきた。
コラゾンアズリさんたちの動画で
その絵を発見すると、
無性に嬉しかったものだ。
けれど、今じゃそれも無くなった。
部活に入ったという話も聞かない。
時折ネットに30分で描いた絵を投稿するだけ。
その他で描いているところは見なかった。
2、3年前はむしろ
休憩が30分、他はずっと描いているような
人だったと知っているからこそ、
今の彼女を見ていると
何だか心が痛んだ。
いろは「絵を描かない私に価値はないなーって、たまに思うんだよねー。」
湊「ふうん?うちはろぴだから会ってるんだじょー。」
いろは「ふふ。ありがと。友達の中には湊ちゃんみたいな、人の部分を見てくれる…そういう人もいるよ。けど、家族もちょっと、それから主にネットの人は絵の部分の私が大切なんだよー。」
湊「どういうことか聞いてもいーい?」
いろは「私が絵を止めるって言ったら、みんな勿体無いって言う。これがもう答えじゃない?。」
湊「あーね。」
正直、そう思う気持ちはとてもわかる。
ろぴが絵をやめてしまうのは勿体無い。
続けて欲しい。
たとえ本人が望んでいない言葉だったとしても
それを口走ってしまうだろう。
ろぴの絵は素敵だから。
キラキラしてて、描くのが好きだって気持ちが
前面に出ているような
とてもかっこよくて居心地が良い絵だから。
だから、そう思うのもわかるのだ。
いろは「描かなきゃー、期待に応えなきゃーって思うほどに、今の自分じゃ無理だーってなって。絵を描こうとするとなんか…こう、無理ってなっちゃうんだー。」
湊「焦んなくてもいいよん。ほら、リクエストだっていつになってもいいみたいな言ってなかったっけ?」
いろは「うん。申し訳ないよねー。」
こてん、と彼女は
背を向けるようにして寝返りを打った。
そして、話題を逸らすようにして
彼女は口を開いた。
いろは「寒い日に限って冷たいもの飲みたくなるよねー。」
湊「うわ!それめたんこわかる!アイスも食べたくなるし!」
いろは「うんうん。アイスとサイダーとか。いいよね。」
湊「んううー最高すぎ!今から食堂行く!?」
いろは「あはは、やめとくよー。」
湊「っぱ夏の飲み物といえばサイダー?」
いろは「うーん、抹茶かなー。」
湊「お?抹茶ってあのお抹茶?」
いろは「おばあちゃんがよく作ってくれたんだよー。」
湊「いいじゃん!お茶点てるところから?」
いろは「んーん。確かだけど…抹茶の粉末にお湯入れて…ソーダも入れてたような。」
湊「それ抹茶ソーダやないかーい!」
いろは「そうかもー。おばあちゃん、いつも「抹茶できたよー」ってくれたから気にしてなかったやー。」
湊「ほへぇ、毎夏帰省してー、みたいな?」
いろは「そんな感じー。だから夏の味ってイメージがあるんだ。まあサイダーとかもやっぱり夏っぽいけどね。」
湊「わかるー!ソーダ味とかサイダー味とか、あの爽快感!パチパチって感じ!鼻に抜ける炭酸!夏だよねぇ。」
ぱたぱたと足を泳がせて話していると、
その音が聞こえたのか
ろぴが笑う声がした。
湊「そういや今年は帰省するのかい?」
いろは「うーん…どうだろう。また会いたいなぁ…。」
湊「…あのーさ、聞きづらいんだけど…ろぴのおばあちゃんって…」
いろは「ご存命だよー、とても元気。」
湊「なんだーよかった!」
あまりに憂いている声だったから
もう会えない人なのかと思ってしまった。
ろぴほど感情や考えが
読み取りづらい人はそうそういない。
これからもわからないことだらけだろう。
知ろう知ろうとしているのも
沢山会っている理由のひとつかもしれない。
そうして昼休みが終わるまでの間、
他愛のない話をだらだらとしていた。
この何でもない時間が
うちは好きだったし、
大切にしたいもののひとつだった。
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