41話 学習
「ふっ!」
呼気と共に、魔法を撃ち放つ。
強化汎用魔法。『
故に、いくら防御を固めた兵士でも直撃すれば戦闘不能まで追い込めるはず──だったが。
「そこ……っ」
兵士に当たる直前、彼女の掛け声とともに展開された光の檻のようなもの。それが彼の魔法を完璧に防ぎ切る。兵士の元には余波の微風すら通さず、当たった光の檻自体にも傷一つない。
血統魔法、『
準竜種クラスの魔物による一撃すら防ぎ切る強固な結界。
戦いが始まって以降、未だ一人の兵士すら仕留められない理由の一つだ。
そして、もう一つ。
流石の彼女でもエルメスの魔法全てを防ぎ切ることはできず、一部が兵士たちを掠めたりして着実にダメージを与えて入るのだが。
「……どうぞ。これで動けるはずです」
「あ、ありがとうございます……」
「油断しないほうがいいと思います。エルメスさんは……強い、ですよ」
「ッ、わ、分かりました……ッ!」
サラの言葉に、兵士は悔しそうにしながらも立ち上がって戦線に復帰する。
その体には傷一つない。先ほど彼が撃った魔法で負傷した足も綺麗さっぱり治っている。
血統魔法、『
傷を治すことは知っていたが……どうやらあの様子を見る限り、疲労すらもある程度回復させるらしい。
先ほどから、この繰り返しだ。
彼の放つ魔法は防がれ、かろうじて負傷を与えようともたちどころに治されてダメージの蓄積も見込めない。
そうこうしているうちに兵士たちの剣戟や魔法が一方的にエルメスを襲う。今は全て捌けているが、数が多すぎる。食らうのは時間の問題だろう。
これが、サラ・フォン・ハルトマン。
周りの人間は聖女だのなんだのと崇めているみたいだが……エルメスの印象は、そんな生易しいものではない。
あの少女は戦いにおいては、あらゆる味方を強靭な耐久と無限の回復力を持ったこの上なく厄介な存在に変貌させる。
魔力が続く限り『無尽蔵に湧く兵力』という理想を体現しうる、戦場の
(流石は『二重適性』持ち。想定以上に……きついな、これは)
まさに不死身の軍隊と戦っている気分。
兎にも角にも向こうの兵力を減らさないことには話にならない。だがそれが極めて難しい。
生半な魔法は『
その状況だけを切り取れば、普通に詰み──なのだが。
(……)
突破口は、もう見つけた。
それも一つだけではない。この状況を打破できそうな魔法にはすでにいくつか心当たりがついた。
よって彼が今考えているのは、そのどれを使用するか。
確実に倒せるもの。素早く倒せるもの。消耗せずに倒せるもの。できるだけ手の内を見せずに倒せるもの。
それらの選択肢を──エルメスは、即座に捨てる。
「……よし」
そして選んだのは、最も不確実で、最も不安定なもの。恐らくそれなりに消耗するし、失敗もする可能性が高い。
なのに、彼がそれを選んだ理由は。
「『どんな想いで魔法を振るうのか見たい』と、言われたからね」
戦いが始まる前のサラの言葉を、思い出したから。
誰かの想い、綺麗だと思った想いにはできる限り答えるのが彼の主義だ。それを見せる意味でこの魔法、そして彼がしようとすることはうってつけだ。
よって彼は、まず強化汎用魔法でどうにか隙を作ってから。
一旦距離を取り、詠唱を始めた。
(来る……!)
エルメスの行動から大技の気配を察知したサラは、自らの血統魔法と彼の動きに集中する。
そんな中で、彼が唱えたのは。
「【六つは聖弓 一つは魔弾 其の引鉄(ひきがね)は偽神の腕(かいな)】」
(! その詠唱は──『
よく知っている血統魔法だ。何せアスターの部下であるクリスがよく、見せびらかすように使っていたものだから。
確かに強力な中距離の血統魔法だが……自分の『
むしろ、身構えていた分予測できる魔法であったため若干拍子抜けしたくらいだ。
とはいえ油断することなく、魔法の出を見極めて結界で防ごうとする彼女の視界の先で。
エルメスは魔弾を生み出し──自らの足にそれを吸い込ませた。
「!?」
予想外の行動に驚く間も無く。
凄まじい爆発音とともに急加速したエルメスが兵士の一人に突進。勢いのまま数人を軽々と吹き飛ばした。
「何──!?」
驚愕の声をあげる兵士たち。
サラは咄嗟に吹き飛ばされた兵士を確認──大丈夫だ、気絶してはいない。ならば『
「ば、馬鹿な、なんだ今のは!」
「強化系統か!? いやそれにしては速すぎる! こんなもの対応できるわけ──」
今の攻撃を目の当たりにした兵士たちが、浮き足立ってしまっている。
無理もない。これは完全に想定にない事態だ。
エルメスが魔法だけでなく徒手空拳にも優れていることは知られていた。故にサラの『
だが、その際に彼が使用する魔法は十中八九純強化系の血統魔法である『
「ぐぁああッ」
「ほ、ほとんど見えないぞ!? こんなのどうしようもないではないか!」
彼の現在の速度とそれにより生み出されるパワーは想定をはるかに超越している。
あまりの事態に、無理だと諦めかける雰囲気が漂いかけた、その時。
「……お、落ち着いてくださいっ!」
周りが驚くほどの大声で、サラが叫んだ。
「た、確かに今のは強力です。でも──確実に何らかの制約があります! 現に今彼は、突撃しかしていません!」
その情報を元に推測する。今の現象が『
どうやっているのかは彼女にもさっぱり不明だったが、推測自体はほとんど正解に近いものだ。
そして起きている現象が分かれば、対策も自ずと浮かんでくる。
「直線の攻撃しかないのならば、冷静に軌道を見極めれば対処できます! 隙も大きいはずなのでそこを狙ってください! あと──恐らく彼は、今の攻撃方法に慣れていない!」
でなければ彼が、最も決まりやすい初撃で一人も仕留められないなんてあるはずがないだろう。
そんなある種の信頼をもとに、彼女は結論を述べた。
「身を固めて、やられないことを重視してください! 一撃でなければわたしが治します! そうすればどこかで必ず機会がやって来るので!」
「──驚いた」
彼女の言葉に真っ先に応えたのは、兵士たちではなく戦っているはずのエルメスだった。
彼は、驚きに加えて最大限の敬意をその瞳に宿して彼女を見据える。
「もう言ってしまいますが貴女の推測、
「ど、独学です……後はカティア様に、少しだけ習いました」
「それでこれか、すごいな……僕より才能があるかも」
「!」
彼の口からこぼれたのは、紛れもない賞賛の言葉。
これほどすごい魔法使いに、自らの意思でやったことを認めてもらえた。その事実に、今まさに戦っている最中であることも忘れてしまうほどの高揚が彼女を襲う。
そんな心情を断ち切るように、もしくは単純に今のエルメスが隙だらけだと思ったのか。数人の兵士たちがエルメスに斬りかかる。
彼はそれをひらりと躱し、また戦いが再開した。
けれど、兵士たちがサラのアドバイスに従って行動を変化させる。それは見事な程に功を奏し、先ほどまでの動揺もなく着実にエルメスの隙を狙うようになった。
エルメスの攻撃力も上昇している以上、当たりどころが悪く脱落者が出始めることは避けられない。けれど、同時に突撃の後隙や制御が乱れた隙を狙っての攻撃も徐々にエルメスを捉え始め、削り合いの様相を呈してきた。
その攻防は、互角。
ならば実質回復手段のあるこちらが有利。後は確実に押していけば勝てる──
──との予測は、彼が相手でさえなければ当たっていただろう。
「う、そ……」
目を疑った。
徐々に。徐々にだが、確実に。
互角だったはずの攻防が、エルメス有利に傾いていったのだ。
兵士たちの動きが落ちている? いや、それはない。彼らの士気は高く、体力の問題もサラの魔力が残っている以上ありえない。
だから、原因は逆。
エルメスの動きが、どんどん洗練されていっているのだ。
しかも、ただ慣れているのではない。
単純だった動きが複雑に、直線的だった動きが多次元的に。
突進の途中で新たな魔弾を生成し、真逆の推進力をぶつけることで急停止。複数箇所に魔弾を宿すことによる多面的な推進を行い、途中で一箇所の威力を調整することでカーブ軌道まで描いてみせる。加えて、その複雑な操作を完璧にこなす制御能力の上昇だ。
最初にサラが言っていた『動きが単純』『慣れていない』などの弱点は、戦いの中でとうに克服されてしまっている。
その果ての動きは精密、かつ予測不能。最早兵士たちはエルメスに翻弄されるままに、どんどんとその数を減らしていった。
(……ああ、そうか)
サラは理解した。これこそが、彼の魔法なんだと。
自らの欠点を把握し、改善策を組み上げ実行する。新たな技術と発想を取り入れて、戦いの中で研鑽を積む。
与えられたものに飽き足らずあらゆることを試し、より高みを目指す在り方。
学習と、進化。
生まれた時から定められ、上限が決まっている血統魔法に満足するものにはありえないその要素こそが、彼の本質。彼の想いの形の一つなのだろう。
故に彼に対し、他の魔法使いに対してするような評価は通用しない。それはあくまで現時点の彼に対する評価でしかなく、明日の彼、戦いの後の彼、次の瞬間の彼にとっては何の役にも立たないものだから。
それを読めなかったことが、彼女の敗因と言えば敗因なのだろう。
(すごい、なぁ……)
羨ましい、と思った。
あんなに楽しそうに、あんなに自由に魔法を振るう彼を見ていると。
誰もが羨む血統魔法を持っている自分たちの方が──それだけに縛られた、不自由な存在のように思えてしまう。
そう思っているうちに、遂に彼が兵士の最後の一人を戦闘不能まで追い込んで。
「……さて」
そのまま息を整えつつサラの前にやってきて、こう言った。
「──これが、僕の魔法です。如何でしたか?」
「……ええ。これは、勝てませんね」
そう、純粋に思った。
実力ではない。きっともっと大きな何かにおいて。
彼に勝てる人は誰もいないんだろうな、と思わされてしまった。
それでも、自分も彼のようになれるのならばどんなに喜ばしいことだろうかと。
この瞬間、彼女の心も一つの方向に傾いて。それが、決着の合図となったのだった。
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